《チョコレート》
ホテルの中の、鏡の裏側。そこには今日も、何時もの客がやって来ている
「ミラー、チョコ持ってきたよ」
「おう。御苦労様」
片手に持った小さな袋いっぱいに、チョコレートをぎっしりと詰め込んで。へらりと笑みを浮かべているのは地獄のタクシー
そして、彼が手にしたチョコレートを渡した相手がミラーマン
今日はバレンタインデーというイベントがある日だから。チョコレートが食べたいと突然言い出したミラーマンが、タクシーを使いへと出したのが数時間前の事
そのいきなり過ぎる我が儘に、タクシーは文句一つ言わずに。うん、分かったと二つ返事でチョコレートを調達して来たのだ。
ホテルの中には、自分の作った物以外の食べ物を好まない料理長がいる為に。こういったお菓子を手に入れるのも一苦労
けれどタクシーは仕事上、ホテル以外の所からの食材調達も可能であるから。ミラーマンは、彼に持ってきて貰おうと考えたのだろう
「バレンタインの日に、お前にチョコ渡すのって。ちょっと複雑な気分‥」
まさか好意を抱いている相手に、チョコを貰うどころか。逆にチョコを渡さなければいけなくなるとは
タクシーは、少し残念そうに肩を落として。チラリとミラーマンを見やると
「まさかとは思うけど、俺にチョコレート用意してくれてたりって‥」
と。期待半分、諦め半分で問いかければ
「生憎、阿呆にやるチョコは一個も用意してねぇよ」
予想通りの答えが返されて。タクシーは、そうだと思ったと言いながら。
そろそろ仕事に戻るから、またな。と、ミラーマンに小さく手を振り部屋を後にしようとして
「タクシー」
「え?」
突然呼び止められて、振り返ればいきなり。何かを放り投げられ慌てて手を前に出して受け止める
それを見ていたミラーマンが、楽しそうにケラケラと笑っていたかと思うと。たった今自分がタクシーへと放った物を指差して言った
「阿呆にやる分はねぇけど。親友にやる分は用意しといた」
有り難く貰っとけよ。そう付け足されたソレは、綺麗に包装された包み紙
「開けてもいいのか?」
「勿論」
開けても良いと言われ、包み紙を破かない様。丁寧に開いてみれば
そこに入っていたのは、綺麗に飾り付けられたチョコレートの数々で。タクシーが、思わず感嘆の声をあげると、ミラーマンが自慢気に腕を組み。味の保証はしてやると言った
「‥もしかして、手作り‥?」
「まぁな」
「う、わ‥‥凄い‥」
ミラーマンが料理を得意としている事は前々から知っていたが。まるで売り物の様に綺麗なチョコレートを手渡され
これが彼の手作りであると言われると、やはり驚きを隠せない。
「だてにレストランで働いてた訳じゃねぇだろ?」
「あれ‥でもお前、ウェイターだったんだよな?」
「細かい事は気にすんなって。っつーか、仕事行くならさっさと行って来い」
バシンと思い切り背中を叩かれ、声にならない声を発したタクシーが。痛みからか、感動からか分からない涙をうっすらと浮かべて
有り難う、大事に食べると。貰ったチョコレートを大切そうにして。ミラーマンに微笑みかけた
(バレンタインに貰った物は、あまい、甘い、チョコレートと。彼の優しい気持ち)