《Trick or Teart(審判・車+α)》
『お菓子くれなきゃイタズラするぞ!』
はしゃぐ子供達の言葉が、ホテルの中を響き渡った秋の終わり
お菓子なんて一つも持ち合わせていない審判小僧が、必死になってジェームス達から逃げ回っている
「審判のおじちゃんにイタズラだい!」
「僕はおじちゃんじゃないよ!それと、悪戯は止めて!」
本物か偽物か区別の付かない様々な凶器をギラつかせて、支配人の孫のジェームスや他の子供達が、審判小僧を追いかけ回す
その光景を、ホテルの住人達は笑って見ていた
「いやぁ、子供は元気があって実に羨ましいですなぁ」
「そうねぇ、でも、もう少し静かにしてくれないかしらぁ」
健診中のミイラパパとキャサリンが、医務室から顔を覗かせて微笑ましげに眺めているのを見て
見てないで助けてよと、審判小僧は力の限り声を張り上げたけれど。二人は見て見ぬふりをして
そのまま部屋の中へと戻ってしまった
「裏切り者ー!って、うわぁ!?」
出せる限界の大声で叫びながら、曲がり角を曲がった審判小僧が
───ドン‥!─
と、何かにぶつかり後ろに派手に転倒する
「‥いっ、てぇ‥」
「っ、痛‥あ、あれ‥タクシー?」
「‥ん、審判?」
審判小僧がぶつかったのは、長身の体に、派手な黄色を纏った人物
大丈夫かと、心配そうに倒れた審判小僧に手を差しのべたのは。ホテルのお抱え運転手
地獄のタクシー
彼は審判小僧を立ち上がらせると、後ろから追いかけてくる子供達を見て、どういう状況かを理解したらしい
「お孫さんに子供達、お菓子やるから。審判を苛めるのはやめてやってくれ」
「タクシーのおじちゃんがお菓子くれるの?」
「俺のじゃ嫌か?」
そう言って、タクシーが取り出したのは可愛らしい沢山のクッキーや、キャンディ、お化けの形をしたグミ、チョコレートなど。色々な種類のお菓子の詰め合わせ
勿論、文句を言う子供等いる筈もなく。タクシーからお菓子を受けとると、次のターゲットを探すためにホテルの二階を目指して、階段を駆け上がって行った
「あ、有り難うタクシー‥でも。良かったのかい?あのお菓子、君のだよね」
これに対して、タクシーが困った様な笑みを浮かべ
「あれ、ミラーに持ってきたお菓子だったんだ」
と。その言葉に、審判小僧の血の気が一気に引いた
あのミラーマンに、タクシーがお菓子をあげられなかったとなると、タクシーは、かなり酷い目に合わされるかもしれない
それを考えただけで、審判小僧は申し訳ない気持ちでいっぱいになった
「本当にごめんよ‥」
「何、そんなに落ち込むなよ。全然気にする事ないって」
鏡張りの部屋の中、ソファーの上にも関わらず。一人の青年が正座をして座っている
その正面には、青年がもう一人
「で、餓鬼共に渡してきた訳か」
「‥すいません」
今にも正座から土下座にかわりそうな低姿勢で、ソファーの上の青年
地獄のタクシーが正面の青年の顔を直視出来ずに、俯いている
タクシーの正面にいる人物の名前はミラーマン。この部屋の主で、タクシーにお菓子を持ってこいと言っていた張本人
「今日は何の日か知ってるよな?お菓子がないなら‥」
「‥分かってるよ。悪戯される覚悟で来てるから」
「は?違ぇよ。もう一度取りに行って来い」
「ちょ、え‥?ごめんミラー。もう一回言って?」
「取りに行って来い」
「‥嘘だろ」
冗談は止めてくれと言わんばかりのタクシーと、冗談なんていっていないと言う表情のミラーマン
明らかに嫌そうなタクシーを余所に。ミラーマンは一人涼しい顔をして、お茶の準備を始めている
タクシーが子供達に渡したお菓子は、彼が色々な所から集めて来た物で
とても一日では集まる様な物ではない。それが分かっているにも関わらず、ミラーマンはもう一度取って来いと言ったのだ
「本当ごめんミラー、許して」
「じゃあ、代わりになる物でも持って来いよ」
「代わり‥」
簡単に言うけれど、そうそう代わりなんて思い付かない。うんうんと、一人考え込むタクシーを見て、ミラーマンがケラケラと笑うと
「仕方ねぇな。悪戯の方に変更してやる」
楽しそうに言って、静かに紅茶のティーカップに口をつけた
「悪戯って?」
「んー‥今考えてる」
のんびりと、一人でティータイムに入ってしまったミラーマンとは反対に
一体何をされるのかと気がきではないタクシーは、ソワソワとして落ち着かない
(どうしよう‥)
何か悪戯を回避出来る良い方法はないかと。必死になって、頭を捻らせていた彼の脳裏に浮かんだ一つの対策
「ミ、ミラー!」
それは、どうしようもなく下らない。馬鹿げた方法
だけど、今のタクシーには精一杯の悪戯回避
「Trick or Teart!お、お菓子くれなきゃイタズラするぞ」
ガチャン、と。音を立てて、ミラーマンの手にあったティーカップが床に叩きつけられた
「‥‥は?」
「だから、お菓子‥」
タクシーの言葉に呆然とするミラーマン。
それもその筈、この部屋の中にはお菓子なんて一個もない。つまり、タクシーに渡せる物等何一つないのだ
その事を分かっていながら、ハロウィン恒例の言葉を口にしたタクシーは。もしかしたら、ミラーマンよりも
ずっとずっと計算高い男なのかも知れない
共に渡せるお菓子がない者同士。これからどんな悪戯の仕掛け合いが始まるのか
それは本人達にしか分からない
(ふざけんなテメェ死ね!)
(悪いなミラー、俺は本気だ!)