《熱》
ぐったりとソファーの上に横になって、頭が痛いと言っているミラーマンの側で。タクシーが手を動かして、パタパタと風を送っている
「あっつ‥」
「風呂、長すぎたんじゃないのか?」
タクシーが、目を瞑って頭痛に耐えているミラーマンの頬に手を添えてみれば。何時もは冷たい位の彼の体が、ほんのりと熱を持っている事が伝わって来た。
普段は長湯をしたからと言って、逆上せたりした事等なかったミラーマンは、記憶にある限りでは初めてとなるこの状況に、どう対処すべきかを判断しかねているようだった
というよりも、グラグラと揺れる視界に、どうする事も出来なかったという方が正しいかも知れない
「‥頭痛ぇ‥」
「氷、持って来る?」
「‥や、いらねぇ。大丈夫だ」
「‥本当に大丈夫かよ」
頬に添えた手を、撫でる様に動かしてやれば。ミラーマンは擽ったそうに身動いで、瞑っていた目をゆっくりと開く
体に籠った熱のせいか、その瞳にうっすらと浮かぶ涙。吐き出す吐息も、何時もより随分と苦しそう。
「‥ミラー、辛そうだよ‥本当に氷いらないのか?」
心配そうに見ているタクシーに、小さくコクりと頷いてから。ミラーマンが頬に添えられているタクシーの手に、自身の手を重ねて
「手袋、脱いで‥」
「え‥」
その言葉に、ビクリと体を反射させたタクシーに気がついたのか。ミラーマンが続けて一言
「‥左だけ、で‥良いから」
咄嗟にぎゅっと、握りかけたタクシーの手から力が抜けて。次いで安心した様に、ホッと肩の力を抜いた
タクシーの右手の甲には、彼のタイヤとの契約印がある。血塗れタイヤと契約した際に浮き出た印
それは、酷く痛々しく。真っ赤な血の色その物。
タクシーはその契約印を良くは思っていない。だから、彼は人前で、その手に着けた白い手袋を外す事はしないのだ
ミラーマンは、彼の手がどうなっているのか。直接タクシーから聞いた訳ではないし、見た訳でもないが。共に過ごしてきた時間が長いという理由と
真実を視れるという二つの理由から、タクシーが手袋を外したがらない事を良く分かっていた。だから、ミラーマンはタクシーに左の手袋を外して欲しいと言ったのだ
ミラーマンに言われた通り、左の手袋だけを外したタクシーが。これから先、何をしたら良いのかと小首を傾げる
「手、貸して」
「‥左?」
「うん」
言われた通り、手袋の無くなった手をミラーマンへと預ければ。それをピッタリと頬にくっつけて。
擦り寄る様に頬擦りをして来た
「‥冷たい」
「お前が熱いんだよ」
気持ち良さそうに擦り寄って来るミラーマンは、まるでタクシーに懐ききった子猫の様で。今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうな程
(‥可愛いなぁ‥)
ぼんやりとミラーマンを見ていたタクシーが、空いている右手も頬に添えて。そのままそっと、顔を近付けキスをすると
「‥な、っ‥!?」
更に体温が上がったミラーマンが、完全に意識を飛ばしてしまい
「わぁ!?だ、大丈夫かミラー!」
タクシーは彼の意識が戻るまで付き添う事になり、結局その日は仕事にならなかったと。後に目を覚ましたミラーマンに、困った様に笑い、話していたらしい
そうして段々と、二人の間の境界線が消えてゆく