《Do You Remember Me?》
「久しぶり。俺の事、覚えててくれたか?」
突然、鏡の外側から話しかけられて。鏡部屋の主であるミラーマンが、座っていたソファーから
慌てて立ち上がり、声のした鏡の前に向かいあった
「‥っ、お前‥」
鏡の外側、そこにいたのは。ミラーマンの親友。彼は、数ヵ月程前から音信不通だったのに
ひょっこり帰ってきたかと思えば、彼の相棒であるはずの
真っ黒な人物に肩を貸し、その人物を引きずるかのようにして帰ってきた。
「なぁ、部屋。入れてくれないか。久々に帰ってきて、くたくたなんだよ」
へらん。と、気の抜ける笑み
その表情を見て。ああ、本当に帰ってきたのか。なんて、心の何処かで
懐かしさと、嬉しさが込み上げてきたけれど
同時に、親友であるはずの自分に一言も言わずに、今まで何処へ行っていたのか。と、苛立ちも募る
「今まで何処にいたクソ野郎」
「仕事。ちょっと厄介なやつだったんだ」
「何で連絡一つ寄越さねぇんだ」
「出来なかった。だから、仕事が終わって一番に会いに来たんだぜ?」
「‥‥タイヤは、どうした。何で意識がねぇんだ」
その言葉に、チラリと。黒い人物へと視線をやって。ミラーマンの親友は
「あー‥」
と、短く言葉を発すると
こいつには今回、随分無理させちまったんだよ。と、罰が悪そうに言った
「そうか。よし分かった。タイヤだけ引き取ってやるよ」
「え、ちょっと俺は?」
「うっせぇ。俺に一言もなしに、何ヵ月もいなくなった奴なんか知るか」
「だから、連絡出来なかったって言って‥あー‥もう‥‥悪かったよ。ごめん、謝るから、機嫌直してくれよ‥な?」
親友の大事な“体”の一部である黒い人物、血塗れタイヤ。彼だけを部屋の中に入れると言えば、しゅん、と。落ち込むミラーマンの親友
その姿を見て。ミラーマンは言う
「俺の部屋に入りたいなら、今、俺が欲しい言葉を言ってみろよ」
「お前の‥?」
一瞬ピクリ、と反応して。それから、数秒の間流れる沈黙
「分からないなら、入ってくんな」
冷たく突き放す言葉。ミラーマン側からは、相手が見えているけれど
向こうからはミラーマンの姿は見えない。だから、今。彼がどれだけ辛そうにその言葉を口にしたのか分からない
「‥んー‥何か、ヒントとかくれないか?」
「ふざけ‥」
そこまで言って、言葉が喉に張り付いた。
何も言わずに、ある日突然姿を見せなくなった。なのに、ひょっこり帰って来たかと思えば
何事もなかったかの様に振る舞われて。それに対して腹が立っていた筈なのに
鏡を隔てた外に居る親友に、会いたくて会いたくて、堪らない。
薄い障害物に邪魔されて。向こうに見えない此方の姿、自分の方からだけ相手が見える、マジックミラーの様な感覚
しかし。実際二人が居るのは別空間、別の場所
鏡の裏側と表側、近い様で、とても遠い。
(‥会いたい‥)
けれど。今、彼を受け入れてしまったら恐らく欲しい言葉は手に入らない
例え手に入った所で。きっと何時かは嘘になってしまうであろう一言なのだから、今は。同意を求めるだけにしてやるか、とミラーマンは質問を問い掛けた後、親友である地獄のタクシーを、部屋の中へと招き入れた。
(‥もう、黙って居なくならないって約束しろよ)
(‥分かったよ。寂しい思いにさせて、ひとりぼっちにさせて悪かった)