《何時か来るその時まで》
部屋に来るなりぐったりして机に突っ伏した俺の親友。挨拶もなしかコラ、ってよっぽど言ってやろうかと思ったが
何だかスゲェ疲れてるみたいで。座った瞬間に意識を飛ばしたらしく、小さな寝息が聞こえてくる
(‥また寝てなかったのかコイツ‥)
そろりと手を伸ばし頬を突くが無反応。この様子だと最低数日間。長くて週単位で一睡もしてないな
(‥寝るのが恐い‥それを聞いてから。コイツが眠っているのを見ると不安になるようになった)
コイツの場合、睡眠イコール回復ではなくて。睡眠に比例してついて来るのは恐怖と疲労
眠ると、何かに追われる夢を見るらしい。逃げても逃げても、何処までも追いかけてくる得体の知れない未知の相手
それに捕まったら、二度と目が覚めなくなる気がするんだ。って、アイツは言った
「‥‥ん‥」
眠ってるアイツの表情が険しくなる。
「‥タクシー‥」
こんな時、俺は自分の行動範囲が夢に迄及ばない事が悔しくて堪らない。
夢に干渉出来るのは、この世界では死神だけだ。けど、前に死神に相談した時、アイツはタクシーに干渉する事は出来ないと、そう言った
理由は、タクシーの魂がこの世界を生み出した創造主の監視下にあるせいらしい。つまり、簡単に言えばタクシーは創造主に
鼠の野郎に支配された存在な訳で。鼠野郎に並ぶ能力を持った俺、死神にすらタクシーの魂に直接干渉するのは不可能なんだ。
「‥‥みら‥」
「‥よぉ。まだ十分も経ってないぜ?」
「‥十、分‥そっか。何か、何日間もずっと寝てた気分だ」
疲れきった顔をして。へらん、と笑うタクシーは、周りから見れば酷く弱々しい
「何かいるか?」
「‥ガソリン欲しい」
「は、持ってこいってか」
睡眠で体力を回復させられないタクシーは、食う事で体力を補ってる。この世界では、睡眠時間がゼロでも死にはしないが
それでも眠る事で足りなくなった体力を回復させる。それが出来ないコイツは、元々好き嫌いなく良く食う方だったけど
最近、食う量が著しく増えている。あと、本体が車であるタクシーに必要なガソリン
それを欲しがるペースも増えた。
「‥駄目か?」
未だ突っ伏したまま、頭を上げる事すら出来ないのか。顔だけ横に向けて俺と会話するタクシーが、まるで瀕死の子犬の様な目で此方を見る
「‥はぁ‥そんな顔されて断れると思ってんのかお前。で、何処にある?」
「トランクに積んでる」
「トランクの開け方知らねぇぞ」
第一、車の操作っつたらアレだろ。運転席からの操作だよな
どう考えても本人以外トランクからガソリンを出して来られねぇ
とか色々考えてたら、タクシーの奴が言った『今、トランク開けておいた』って。
(そうか。遠隔操作も可能だったな‥こういう時だけ、タクシーと車とが一体で良かったと思える)
森の中に停めてあるというタクシーの車の鏡に道を繋げ、ガソリンを持って来てコップに移し変え。口の中へと流し込んでやれば、注がれた液体を躊躇なく飲み込むアイツ
何時見ても異様な光景
「‥美味いのか?」
「うん」
「‥そうか‥」
確実に味覚障害を持ち合わせているタクシーに。それ以上かける言葉は見つからなかった。
代わりに、手を伸ばして頬を撫でる
「んー?」
きょとん、と。俺を見つめる親友は
もう既に自分でコップを持てる程に回復していて。コクコクと中身を飲み込んでいく
「なぁタクシー。俺は、お前の役に立ててるか?」
アイツの頬に触れた手が、小さく震える。
俺はタクシーに助けてもらってばっかりいるのに。肝心な時に、俺はタクシーを助けてやれない事が、支えてやれない事が
悔しくて、情けなくて堪らない。
カタカタと震える俺の手に、そっと手を乗せて。優しい声で、アイツは言う
「‥‥馬鹿だなぁ、当たり前じゃないか」
その一言が、どれだけ俺を救っているのか。コイツはきっと、分かってない
「‥そう、か‥」
昔、大切だった親友を失った俺は。今目の前にいる、新しく出来た親友を失う事が怖くて堪らない
何時でも傍に居てくれる。そんな確証は、何処にもない。死ぬ事の許されない俺と、日に日に、確実に弱っていってる親友
もしかしたら。明日にでも訪れるかもしれないコイツとの別れ
「変なの、ミラー。お前疲れてるんじゃないか?ちゃんと休めよな」
「テメェにだけは言われたくねぇよ」
何時か訪れるであろう、親友との別れの日まで。俺はコイツを、傍で支えていてやりたい
(お前が消えて無くなる‥その瞬間まで‥)