《寝言》
「ぎゃああああ!」
思わず口から飛び出したのは下品な悲鳴。何でこんな声が出たのかって聞かれたら、部屋にある風呂場の戸を開けたらタクシーが居たから
しかも全裸。意味が分からねぇ
何で俺の部屋にコイツが居るんだよ。何時来たんだよ。っつか、何でよりにもよって風呂場
せめてタオルくらい巻いてくれと、心の底から思ってたら、あの馬鹿キョトンとした顔で『どうした?』なんて聞いてきやがる
どうしたじゃねぇよ。現状理解しろよ
「何で俺の部屋に居るんだとか、どうして風呂に入ってんだとか。聞きたい事は色々あるが‥先ずは服を着ろ!話しはそれからだ!」
「服?‥あ、忘れてた。まぁでも、男同士なんだし、あんまり気にする事ないよ」
「いや、気にしろよ」
「見られてる俺より、見てるお前の方が焦ってるのっておかしいな」
へらへら笑って、タクシーが服を着ながら楽しそうに話していて。変な所だけ男らしくするんじゃねぇよと小さく悪態を吐いて。自分で言った言葉に『男らしいか?』と疑問を抱きつつ
風呂場を出ようとくるりと向きを変え。そういえば、と、首だけ振り返りタクシーに一言
「手袋はどうした」
「へ?」
俺の言葉に、自分の手に視線を落としたタクシーが。さっきの俺と同じような奇声を上げて、それこそ、男に入浴シーン見られた女みたいに慌てるもんだから
裸体見られるよりも、素手を見られる事を嫌がるタクシーにその感性はおかしいだろと、思わず突っ込みを入れてみたら
半泣き気味のタクシーに、アイツの黄色い上着を投げつけられた
「何すんだよ!」
「ごめ‥あああ、ちょっと待ってミラー、今手袋つけるから‥!」
「潔癖か!」
ぎゃあぎゃあと、下らない事で言い争って。持ってたタオルで隠れてたから、お前の手なんて見てねぇよって言えば、漸く大人しくなったタクシー。俺もそれ以上は何も言わなかったけど、そんなに素手を見られるのが嫌なのかよという言葉が、実際は喉まで出掛かってた。
「‥で、落ち着いたか?」
「‥うん」
部屋のソファーの上で、図体デカイくせに小さく縮こまってる優男なタクシーに、どうして勝手に俺の部屋の風呂に入ってたのかを聞いてみた
そうしたら、タクシーの奴が。ちゃんと許可取って入っただろうと、不思議そうに小首を傾げる
何頭に疑問符浮かべてんだ。俺の方が状況理解出来てねぇよ
「ミラー、もしかしてさっきソファーの上で‥寝てた?」
「寝てたけど‥は?何、お前寝てる俺に話しかけたのか?」
「だって風呂借りても良いかって聞いたらミラーが『おう』って言ったから、てっきり起きてるのかと‥」
「俺寝言で返事したのかよ!」
「ああ!あれ寝言だったのか!」
成る程そうか、と。大袈裟に両手をポンと鳴らしたタクシーが、一人でうんうん頷いてて
自分だけ納得してんじゃねぇよって感じで。何だか無性に腹が立って、腹いせに手袋奪ってやろうかと思って手を伸ばしたら
反射的に動いたタクシーに、思いっきり頭を殴られた。嗚呼クソッ、めちゃくちゃ痛ぇ。
(‥畜生、馬鹿力‥‥)
割れたらどうするんだって文句の一つでも言ってやろうとしたら、タクシーの奴が泣きながら謝って来たから。文句を言ってやるタイミングをなくしてしまった
(ごめんミラー‥本当に、本当にごめんな‥)
(あー、分かったよ。分かったから謝んな‥っつーか、何で殴った方のお前が泣いてんだ阿呆)