フラスコ計画の起源は数百年前にまで遡る。
立案者は僕――安心院なじみ。
元々フラスコ計画は試験管計画と呼ばれており、普通の人間の主人公化≠目的として始動した歴史ある計画だ。そう、主人公化。ということは、フラスコ計画史上最高傑作と呼ばれるモルモット――鰐塚刀理は主人公なのか?
答えはノーだ。
主人公になることができないわけではないが、ごく限られた空間でしか彼女は主人公でいられない。彼女の主人公としての力はめだかちゃんに比べれば儚いもので、例えるなら一夜の夢のようだ。そうだね、夢主人公とでも言っておこうか。夢主人公は本物の主人公にはなれないし、勝てない。だから僕は刀理ちゃんを見ていると安心する。フラスコ計画でも刀理ちゃんを主人公には『できない』から。
♪
「あーじーむーちゃん?」
「だから、僕のことは親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼びなさい」
「安心院(あんしんいん)さんより、安心院(あじむ)ちゃんのほうが呼びやすいよ」
「はあ……きみはなかなか折れないね。呼び名強制のスキルでも使ってみようか?」
「それよりも殺してくれたほうが嬉しいな」
放課後になって間もない三年十三組の教室で僕は刀理ちゃんと他愛ない世間話をしていた。「安心院さんと呼びなさい」から始まり、めだかちゃんや人吉くんのこと、球磨川くん率いる裸エプロン同盟のことだとか、「安心院ちゃんはどんな殺し方に魅力を感じるの?」だとか、本当に他愛ない世間話だ。他愛はないが、こっちには他意がある。わざわざ世間話をするために刀理ちゃんの教室を訪れたわけではない。本題は別にある。
「ねえ刀理ちゃん、きみは永遠に生き続けたいと思ったことはないかい?」
これが僕の本題。
「もしきみが永遠に生き続けられるとしたら――それは永遠に死を味わえることと同義だ」
どう? 僕と永遠を生きてみない?
なんて人間くさいプロポーズじみた言葉だろう。でも僕はフラスコ計画の『できない』の結晶であるきみを手元に置いておきたいんだよ。無理強いはしないけど。
「永遠の生は永遠の死と同義、ね。確かにそうだね。安心院ちゃんもなかなか私が食いつきそうなことを言うんだね。まあ、食いついてなんか――」
あげないけど、の言葉は唇で塞いでやった。
ああ、僕は刀理ちゃんを手元に置いておくことも『できない』のか。
例えるなら一夜の夢