昨日はあれから大変だった。一歩間違えたら医師看護師との病室攻防戦が始まっていた。
 騒ぎに気づいて事情を知った高千穂くんや雲仙くんにもそれはまずいだろって顔された。
 最終的になんとか誤魔化せたものの、流石に発砲音はまずかったと宗像くんと反省した。やっぱり病室だと刺すか斬るか絞めるか盛るかの四択になってしまうねって話になったけど、刺すと斬ると絞めるはともかく、盛るってまだやってもらってない。私が病室で食事をすることがほとんどないからどうしても難しい。林檎を食べたときはチャンスだったのになあ。林檎に毒を盛られるのって、白雪姫みたいでなんだかロマンチックじゃない? 
 私だったら王子様のキスなんてなくても生き返れる。
 あれはあれでキスされると生き返るスキルだったりするのかな。うん、夢のない解釈だ。やっぱり愛の力ってことにしておこう。童話の世界では愛の力で人が生き返ることがある。愛の力、なんて便利な言葉だろう。なんでもハッピーエンドになりそう。
 こっちは王子様もお姫様もいないありふれた現実世界だけど、どうせなら一度は愛の力で殺されてみたい。愛は時として人を生かしも殺しもするものだから。
 ハッピーエンド至上主義じゃないけれど、愛なき殺人からハッピーエンドに辿り着けるのだから、愛ありきの殺人がハッピーエンドに辿り着けないわけがない。



「――なんて、ちょっと夢見がち過ぎるかな?」

 伸びをしながらパイプ椅子の背もたれに身体を預けるとギイギイ軋んだ。少しだけ開いた窓から入り込む穏やかな風が手を掠めていく。
 床頭台に置かれているすっかり空っぽになったバスケットを見るたびに、あと数日早く気づいていれば毒が盛られていたかもしれないのに惜しいことをしたな、と思わざるを得ない。毒殺は両手で数えられる程度しかされたことがないからレアなんだ。きっと他の殺され方と比較して苦しむ時間が長いからあまり選ばれなかったんだと思う。ほら、私が焦らされるのあんまり好きじゃないから。そういうのも考えて殺してくれるんだからやっぱり宗像くんは優しい。
 ゆえに毒殺はリクエスト制。最適な毒薬を準備する手間もかかるからそのほうが効率的。

「次は毒がいいの?」
「うーん……久しぶりにそれもいいなあって思ったんだけど、身構えちゃうのはよくないから私が忘れた頃に毒殺してね」
「わかった」

 卒業まで七ヶ月ちょっとの間に、あと何回殺してもらえるだろう。
 最初の頃に比べると殺害方法のバリエーションも増えた。王道の刺殺斬殺銃殺絞殺扼殺は何度経験しても良いし、それらに慣れた頃に行われる毒殺はアクセントになる。変わり種といえば狼牙棒なんだけどあれは場所を選ぶ。経験のない殺され方といえば轢殺くらいかなあ。一度だけ百町くんに頼んだことがあるんだけど、あの車たちは大切なコレクションだからと丁重にお断りされた。そりゃそうだ。駅のホームから飛び込むのは人様に多大な迷惑がかかるから選択肢から除外。でもやっぱり死ぬ前に一度くらいは経験してみたいなあ。

「宗像くん、車の免許取る予定ある?」
「今はないかな」
「そっか、もし気が変わったら教えてね。車十台までなら弁償できるから」
「やっぱり轢かれるの前提なんだね」
「宗像くんなら轢いてくれるかなって思って」
「……考えておくよ」


 結論から言うと、宗像くんが殺害方法に轢殺を選ぶことは残りの人生で一度もなかった。



死ぬ前に一度くらいは





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