「高千穂くん! 昨日はごめんね!」

 開口一番に陳謝しながら病室へ乗り込むと、読書の最中だった高千穂くんが苦笑しながら目迎してくれた。邪魔してごめん。
 お詫びのお菓子でいっぱいのレジ袋を差し出しながらもう一度謝った。

「マジでびっくりするからもう病室でスプラッタすんなよ」

 本を閉じた高千穂くんが袋を受け取りながら釘を刺してくる。

「うーん、善処するね」
「そこは嘘でもうんって言え」

 小突かれた。痛くはない。

「それもすぐにバレるでしょ」

 ここで私が素直に頷くほうがよっぽどびっくり案件だ。

「ってかよ、お前も毎日律儀な奴だよな。俺らが退院するまで皆勤するつもりか?」
「今までフラスコ計画で埋まってたスケジュールが全部白紙になっちゃったから暇なんだよね。お陰で何に時間使えばいいのかわからなくて」
「勉強しろ受験生」
「なんと実はもう推薦決まってるんだ」
「は? 早くねーか? 聞いてねえぞ」
「なんて言えばいいんだろう……肩書き推薦? ほら、仮にも最高傑作だから」
「最高傑作が仮にもとか言うんじゃねーよ」

 フラスコ計画におけるオンリーワンとナンバーワンを一言で済ませようとしたら最高傑作って呼び方になるんだと思う。オンリーワンはともかくナンバーワンの自覚はないんだけど、これ言ったら関係各所から怒られそうだなあ。実験の過程で死んだ回数ナンバーワンってことにしておこう。あとオンリーワンだと雲仙くんと被ってるから実質オンリーワンじゃない。枠外の一人イレギュラーワンでいいよ。
 私がフラスコ計画に青春を捧げた結果の『最高傑作』という肩書きは、教育・研究機関たる大学から非常にウケが良く、一学期の段階で進路が決まるというなんともイージーモードな受験生活だったのでなんとなく言い出しづらかった。
 お見舞い四日目にして定位置と化したパイプ椅子(もはや畳まれずに置いてある)に座り、お喋りを続ける。

「多分だけど高千穂くんの第一志望校」
「マジか」
「気が早いけど来年度もよろしく」
「ほんとに気がはえーよ」

 さっきより強めに小突かれた。ちょっと痛い。

「宗像は知ってんのか?」
「知らないんじゃない?」

 宗像くんとはそういう話をしたことがないから、お互いの進路希望だって知らない。
 そういえば宗像くんの実家は何か家業をやっているって言ってた気がするから、ひょっとしたらそれを継ぐのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
 どちらにせよ、私たちにとっては進路の話をするよりも殺し殺されることのほうが重要だ。それは初めて会ったときから変わらない。
 宗像くんが他殺志願ころされたがりに応えられるように、殺人衝動ころしたがりに応えられるのは私だけだとずっと思っている。だって、ずっとそうだったから。

「何も知らなくても、殺してくれるならそれだけでいいの」

 今みたいに何気ないお喋りをするのも楽しいけど、それでもやっぱり私は宗像くんに殺されるほうが好きだ。宗像くんが私を一番上手に殺してくれる。ちなみに高千穂くんは一度も殺してくれなかった。高千穂くんはあくまでも戦う人間で、殺す人間じゃないから仕方ないってわかっているけど、一度くらいうっかり殺してくれてもよかったのになあ。残念。

「……やっぱお前らの関係よくわかんねーわ」

 お手上げですと言わんばかりに高千穂くんが肩を竦めた。

「ね、私もだよ」

 関係性の名称として同級生と利害関係のどちらかを選ぶなら圧倒的に後者だけど、それはどちらかといえば宗像くんよりも理事長のほうが当てはまる気もする。ほら、利害関係って言葉的に少し冷たいイメージがあるでしょう。お互いがお互いをいいように使っている感じ。私と理事長も、まあ、だいたいそんな感じだったかな。殺されるために色々お願いしたし、計画のために色々お願いされた。わかりやすいギブアンドテイクは好きだから別にいいんだけどね。
 対して、宗像くんとの関係はそれほど冷たいものじゃない、と思う。
 なんとなく、温度を伴って成り立っているような、そんな感じがする。それをなんて言葉で表せばいいのかはわからないのだけれど。

「あ、昨日高千穂くんが戻ったあと宗像くんと向日葵畑に行こうって話になったんだけど」
「話題転換が急過ぎる」
「まあ聞いてよ」
「聞くけどよ」
「来週の予定なんだけど、あんまり人が多いと宗像くんがきついだろうから二番目の電車で行こうと思ってて。始発って意外と人が多いからあえての二番目だよ。少し遠くて田舎なんだけど海の近くに向日葵畑があってね、背の高い向日葵が迷路みたいになってるの」
 ネットで調べた情報を、さも前から知っていたみたいに話しているのは内緒だ。
「……お前、花に興味あるタイプだったか?」
「人並みに花を愛でる心はあるつもりだよ」
「あー、よく庭園にいたもんな」

 それは宗像くんがいたからじゃないかな、と言いかけたのをぐっと堪えた。
 高千穂くんは釈然としないながらも一応は納得したようだった。
「向日葵って七月下旬から見頃らしいよ。写真撮ったら見せてあげるね」



「たのもー!」

 勢いよくドアを開けると、今まさに病室の外へ出ようとしている美少年が立っていた。

「ああ? どうれーって言やあいいのか?」
「あれっ、よく知ってるね。道場破りされたことでもあるの?」
「あるわけねーだろ」

 このツンケンした物言いの美少年は、入院してから毎日お見舞いに来ているのに病室にいる確率が誰よりも低い雲仙くん。今日もどこかへ行こうとしていたのか病衣ではなく風紀委員会特服を着ている。
 やっと入院初日以来の再会を果たしたので今日は差し入れをちゃんと渡せる。冷蔵庫の中に人知れずプリンタワーを建てるのもそれはそれで楽しかったけど。

「今日もいなかったらどうしようかと思ってたよ。はい、プリンあげる」
「おっ、サンキュー」

 雲仙くんはプリンの入った袋を受け取ると踵を返してベッドの上に胡坐をかいた。フォルムがちんまりとしていて可愛い。

「なあ鰐塚先輩」
「ん? 何かな?」

 手招きされるままにベッドサイドへ近づいた。

「せっかくだから食べさせてくれよ」

 ん、とスプーンを差し出されて面食らった。

「悪いけどそういうサービスはしてないんだよね〜」
幼気いたいけなオコサマのお願いを無下にすんなよ。泣いちゃうぜ?」
「きみがその程度のことで泣くような子じゃないって知ってるからなあ」
「宗像先輩には林檎剥いてやったのに?」
「えっ」
 なんで知ってるんだろう。宗像くんから聞いたのかな。
「きみたち世間話とかするんだね……?」
「まあ、入院してから前より話すようになったかもな」

 数日でそんなに変わるものなのかな。雲仙くんを愛でる会の子たちと会える時間が減ったせいで話し相手が限られているってことなら納得だけれど。というかプリン食べさせてもらいたいなら愛でる会の子たち呼びなよ。絶対喜んで食べさせてくれるよ。
 スプーンを受け取らずにいると、痺れを切らしたらしく自分で食べ始めた。
 ひとりでできるじゃん。えらいえらい。

「あーあ、折角のチャンスだったのに残念だな」

 流石、自分の可愛さを武器にできる子は言うことが違う。
 いいかげん立っているのにも疲れたのでここでもパイプ椅子のお世話になることにした。床頭台の横に立てかけられているのを拝借して腰を下ろした。

「つかよ、なんで毎日来るんだよ。そんなに暇なのか?」
「それ高千穂くんにも言われたんだけど、正直言うとそんなに暇」
「仲良いわけでもないのに毎回プリン献上しやがるし」

 ぶつくさ言いながらもプリンを食べる手は止まらない。

「まあ、可愛い後輩ではあるから」
「オレがあんたらのこと敵視してたのだって知ってんだろ」
「そうだね」
「ケッ! マジでわかんねー先輩だわ」
「まあまあ、今日のところは元仲間のよしみで私に見舞われてよ」
「よく言うぜ。自分のことを殺さない奴にかける情なんてあんたにないだろ。オレを暇潰しの道具にすんなよ」
「……あはは、手厳しいなあ」

 使い方次第では言葉も凶器になるというけれど、今の雲仙くんの発言はそれに近しい鋭さだった。この子は誰よりも痛いところを突いてくる。
 確かに、私が情け深い人間だったならあのとき宗像くんの手当てが終わったからといってまだ戦っている他の仲間を置いて帰ったりしなかっただろうし、負け犬軍団に加勢していただろう。こうして思い返すと薄情だと思われても仕方のないことをしている。
 ついつい物事を殺されるか否かで見てしまうのが私の異常アブノーマル欠点マイナスだ。美点プラスになんて成り得ない。
 フラスコ計画の凍結によって私に何かを要求する人間はほとんどいなくなってしまった。何も殺してほしいと強請っているわけじゃないんだから、暇を持て余した殺されたがりの暇潰しくらい大目に見てほしい。



「384592949782049」
「82386340982! 7492357929293?」
「4647……4563688776596579」

 裏の六人と鬼瀬ちゃんのお見舞いを終えて次に向かったのは雲仙くんのお姉ちゃん、冥加ちゃんの病室。
 初日は彼女独自の数字言語に面食らったりもしたけど、今ではこうしてガールズトークもできるくらいの仲になった。今日の話題はもっぱら先程の雲仙くんのことだ。

「35782864782574」
「638? 4682946925678」
「57203740248〜」
「4683946」
「1467293876! 4683247027378278463786」
「2764926489689639228303」
「3562745362638923692」
「68993691638649023772537」
「467383702」
「368384293」
「436839」
「346829287379」
「5683902738367253781561516387187386373」
「47285383452787157635726382936」
「5829639470293682」
「83682……482293797」

 この一般的な法則を完全に無視した独創性オリジナリティ溢れる数字言語を理解できたのは我ながらファインプレーだと思う。だってこれ普通なら絶対意味わからないよ。意思の疎通を目的として開発された言葉じゃないから、コミュニケーションの取りようがない。なんでこれで喋ろうと思ったんだろう?

「532831564553821?」

――これ他に解読できた人いる?

「……74312436」
「243678376328〜!」
「244……3681836196367276198267」

 流石めだかちゃんと言うべきか……しかも相当短いやり取りで解読したっぽい。凄いな。

「813742936820273813234483」
「6720293648? 47839027647354792738262」
「4638468923229739578」

 そして数日接してみてわかったけどこの子は雲仙くんと一緒でおっぱい大好きだな。要所要所で下ネタを挟んでくる。言語と内容は置いといて、物怖じせずにコミュニケーションを図れるんだから日本語も覚えたらいいのに。まあ本人にその気がないなら指摘もしないけど。

「578923468289773489」

 それじゃあお暇するね、また明日。
 話の区切りもいいところなので、そろそろ本日最後の一人のところへ行こうと席を立った。

「93823190742」
「74092793738!」



「7857476353648〜?」
「……?」

 さっきまで数字言語で話していたからうっかり言語選択を間違えた。
 宗像くんがものすごくきょとんとした顔で見てくるからちょっと恥ずかしい。

「ごめん間違えた。やっほー宗像くん元気〜?」
「そこそこかな」
「そっかあ」

 来るたびに少しずつ減っているフルーツ盛り合わせを横目に、窓際のパイプ椅子をベッド近くまで引きずって腰掛けた。
 カーテン越しでも太陽は燦々と照りつけていて、夏は日の入りまでまだまだかかる。

「今日三日ぶりに雲仙くんに会えたよ」
「へえ、よかったね」
「うん。ワガママチャイルド健在だった」
「モンスターチャイルドじゃなくて?」
「モンスターチャイルドじゃなくて」

 ショルダーバッグから、小さく折り畳んだ電車の時刻表を取り出して机に広げた。病院に来る前に駅に行ってもらってきたものだ。

「電車、この時間ね」

 駅員さんがわざわざ蛍光ペンで引いてくれたラインの周りをくるりと指で一周なぞる。
 宗像くんがそれを目で追った。
 発車時刻から逆算した当日の待ち合わせ時刻と持ち物の確認も済ませてしまおう。こういうのは用意周到なくらいでちょうどいい。人生は何が原因で予定不調和になるかわからないって私たちは最近身を以て学んだからね。まあ、持ち物なんて財布と携帯くらいで充分だと思うけど。あ、飲み物もあったほうがいいかな。

「宗像くんって、遠足の前日は楽しみで眠れなくなるタイプ?」
「……どうだったかな」

 ちなみに私は遠足に楽しさを見出せないタイプの子供だった。
 物心ついた頃には殺されたがりの自我が芽生えていたから、遠足よりも〜って思ってた。
 でも今回は――最終目的が死ぬこととはいえ――純粋に楽しみだ。
 潮騒を聞きながら望む海辺の向日葵畑は、きっと綺麗だろうな――

「あ、」

 なんて考えていたら首に手がかかっていた。
 普段あれだけの量の暗器を扱っている宗像くんにかかれば片手で私の首を絞め上げることなんて造作もないし、なんなら適度に苦しくなるように手加減までしてくれている。
 きみはなんて優しい殺し方をするんだ。
 反射的に首元に伸びかけた両手を宗像くんのもう片方の手が束ねた。

「ぐっ、ぅ」
「来週が楽しみだ」

――だから殺す。
 四日目は宗像くんお決まりの言葉で締め括られた。



暇を持て余した殺されたがりの暇潰し





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