「きみは随分と報われない恋をしているんだね」

 降り注いだ声はどこか面白がるような哀れむような、そんな色を含んでいた。赤ともオレンジとも形容できる夕焼けが眩しい放課後の教室には、僕と安心院(あんしんいん)さんのふたりだけだった。
 恋だなんて、僕が抱くそれはそんな綺麗な感情(もの)じゃない。
 それを知ってか知らずか、安心院さんはけらけらと笑うように言葉を続ける。

「刀理ちゃんは手強いぜ? なんせあの子には僕でさえフられた。僕のスキルがあれば――刀理ちゃんさえ望めば――永遠に死に続けられるっていうのに、そりゃあないよねえ。あれだけ殺されたい殺されたいって言っておきながらさあ?」

 批判的な内容に反して声音はむしろ安堵しているように聞こえた。刀理が自分の提案には乗らないことを確信した上で誘いをかけたみたいな、少なからずそんな印象を抱いてしまう。安心院さんは教卓の上に腰を落ち着けて足を所在なさげに揺らしていた。その顔から何を考えているのか読み取るのは無理に等しい。

「そんな刀理ちゃんとセックスにまで持ち込めたんだから男子高校生的には大勝利だろ……ん? どうして知っているんだって顔だね。誤解しないでほしいんだけど覗きなんかしてないぜ。ここに来る前に刀理ちゃんと話しててピンときた。こりゃあ宗像くんと何かあったなって――で、今きみにカマをかけてみた。いやあ、まさか本当にヤることヤってたとはね。お付き合いをすっ飛ばしてセックスとか最近の高校生は進んでいるのか何なのか――おいおい、そんな顔するなよ。僕は事実を述べているだけなんだからさ」

 そうだろ? と意地の悪そうな目に捉えられる。半ば無意識に喉を締めてしまい、声にならないか細い音が出た。あまり干渉してほしくない領域にカランコロンと下駄を鳴らして立ち入られるような居心地の悪さが胸の内にじわじわと滲み、広がっていく。

「恋話の延長だとでも思えばいいよ。これくらい今時の高校生なら普通にしているだろうし」

 その普通を経験したことがない身としては半信半疑なのだけれども。
 というか安心院さんでも恋話なんてするのか。

「僕をフっておいて宗像くんとは一線越えんのかよそりゃないぜ――と思って腹いせにちょっかいかけてるわけじゃないからね」

 いや、間違いなく腹いせだろう。
 投げ出された足が揺れるたびに、微かに衣擦れの音が聞こえる。
 どうやらこの悪平等は刀理のことを大層気に入っているらしい。

「ま、応援してるぜ。宗像くん」





 意識が朧げに揺れる。
 うっすらと目を開けると視界は薄暗い。壁掛け時計は朝の六時を指しているというのに、この薄暗さは遮光カーテンが朝陽をシャットアウトしているからだろう。
 刀理はまだ起きていないようで、リビングは森閑としている。
 夢をみていたような気がするけれど、気がするだけで内容までは思い出せない。ただ、誰かと話していたような、それだけは確かな気がした。



応援してるぜ





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