友達と呼べるのは、いよいよ安心院(あじむ)ちゃんだけになってしまったなあ。
 下腹部に鈍い痛みを抱えながら、ぼんやりとそんなことを思った。そしてわかったことがある。腹上死って、そんな簡単にできるものじゃない。宗像くんと一線を越えただけで死に至らなかった。
 いつの間にやらソファからベッドへと宗像くんが運んでくれたみたいで、目覚めたときには常夜灯が仄かに照らす見慣れた自室の天井が真っ先に目に入った。
 右を見ても左を見ても宗像くんはいない。気配も感じない。
 リビングかな。それかお風呂? というか今何時だろう。壁掛け時計は午後十時少し前。秒針の音は意識した途端に煩く聞こえる。二度寝する気にもなれず、重怠い身体を引きずり起こして、リビングへ向かうために立ち上がった。Tシャツとパンツしか身につけていなかったけれど、この際服装なんてどうでもよかった。





 何度も自分の名前を呼ぶ声が、潤みながらも熱を帯びた目が、柔らかな肢体の感触が、頭の中でフラッシュバックする。そのたびに言いようのない感情がぐるぐると渦を巻いて心を掻き乱す。目を閉じてもソファに背をもたれてもそれが変わることはない。項垂れているのは後悔というよりも混乱しているからだ。まさか成り行きでセックスするなんて思わないだろう、普通。刀理は最初からそのつもりだったみたいだけれど、漫画や小説じゃあるまいし腹上死なんてそう簡単にできるものじゃない。
 僕も健全な男子高校生だから性欲くらいある。殺人衝動を失う前はそれほどでもなかったけれど、殺人衝動を失って三大欲求が正常に――自分では元から正常だったと思うのだけれど――作用するようになってからは、欲のベクトルが殺人に向かなくなった分、前よりも幾分かそういう気持ちになりやすくなった気もする。だからといって、初めてをこんな形で迎えるだなんて誰が思うだろう。
 僕は刀理のことが好きで、刀理は僕のもたらす死を求めて、僕たちは利害の一致で身体を重ねた。それで性欲は満たされても心が満たされることはなかった。当然だ。互いの気持ちに齟齬があるのだから。刀理が求めているのは死であって、愛じゃない。刀理の思い描く愛は、僕の思い描く愛とは異質のものだ。我ながら、なんて相手を好きになってしまったんだろう。溜め息が漏れる。

「宗像くん」

 リビングと廊下を繋ぐドアが開いて刀理の声が僕を呼んだ。
 顔を上げることも返事をすることもできずにいると、刀理が瞬きの間に距離を詰めた。すっかり忘れていたけれど、そういえば刀理はフラスコ計画史上最高傑作なんだっけ。異常性やスキルばかりが注視されるが、その実、身体能力は改造人間の古賀さんを凌駕する――にもかかわらず、フラスコ計画最強とは呼ばれていないのは、刀理が計画において不戦を貫いていたからだ。僕も刀理が誰かと戦っているのを見たのは、フラスコ計画を凍結させるために黒神さんが時計塔地下に乗り込んできた日が初めてだった。正直、今となってはもう二度と戦ってほしくない。

「宗像くん」

 二度目の呼びかけは先程よりも強く、少しの苛立ちが垣間見えた。

「……なんだい」

 少し間を置いて返事をした。まだ顔は上げられない。

「……賢者タイム?」
「は?」

 予期せぬ単語に思わず顔を上げた。どうしてそこでそんな言葉が出るんだとか、ちゃんと服を着てくれとか、目のやり場に困るとか、言いたいことはそれなりにあったけど何も言えなかった。小首を傾げてこちらを覗き込む刀理は至って真面目そうな顔をして、男の子だもんね、仕方ないよねと独りごちる始末。
――それを見て、安堵した。
 刀理がいつもと変わらないことに、僕は少なからず安堵していた。しかし、それと同時に、身体を重ねたからといって刀理が絆されたわけではないということも――あくまでも僕たちの関係は利害の一致で成り立っているのだということも、理解してしまった。

「そうだ。宗像くん、お風呂は?」

 僕の気持ちなんて知りもしない刀理はいつもの調子で問う。

「ああ、さっき入った。ドライヤーも借りたよ」
「ん、わかった。じゃあ私も入ってくる」
「うん」
「……あ、その前に、宗像くんの寝る場所どうしようか?」
「ソファでいいよ」
「えっ、それはだめだよ。申し訳ない」

 正直、寝る場所よりもまずその恰好をどうにかしてほしい。適当に着せてしまったのは僕だけどその恰好のままこっちに来るとは思ってなかったんだ。刀理の首から下を見れない。

「私がソファで宗像くんが私のベッドで寝る?」
「刀理は自分のベッドで寝なよ」
「んー……それじゃあこうしよう。ここに布団敷いて寝てもらう」
「わかった。そうしよう」

 こうして客人用の布団をリビングに敷くことで決着した。
 まだ夜は長い。



あくまでも僕たちの関係は





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