「貴方、椿の散り際を知っていて?」

 ゴトリ、何かの塊が鈍い音を立てて土瀝青(アスファルト)の上に落ちた。一拍置いて、何かが崩折れるような音。
 問いかけの答えは返ってこない儘、ナマエは白魚の手を黒い短手袋に収めて踵を返した。よくよく見れば、名前が先刻まで立っていた場所には幾つかの塊が一点を囲むようにして転がっていた。土瀝青は血の海と呼ぶに相応しく、転がっているのは人間の身体のようだ。首で綺麗に分かたれている其れが四方八方に血飛沫の花を咲かせたのだろう。殺されたほうも悲惨だが、此れでは殺したほうも返り血を全身に浴びてしまっている筈だ。
 ナマエはというと、真紅の外套と黒い洋袴が返り血を目立たなくしているが中に着ているワイシャツやコルセットは紅い飛沫でべったりと汚れていた。深夜とはいえ、いつ人と遭遇するかわからない状況でいつまでも其の格好の儘彷徨くのは得策ではない。其れをわかってはいるのだろう。顔に恍惚を浮かべ乍らも帰路を辿っている。路地を抜けた先で、黒塗りの高級車が名前の前に停まる。不審がる様子もなくドアを開けて血濡れの儘、後部座席に乗り込んだ。

「ありがとう、首領」
「如何致しまして」

 首領と呼ばれた男はシートが汚れるのを気にする様子もない。ナマエが腰を落ち着けたのを確認すると、車を走らせた。

「やっぱり首領直々にお迎えだなんて申し訳ないわ」
「君が血塗れの儘帰ろうとしなければ迎えには来ないんだがね」
「あら、それは着替えを持って行けという意味でよろしくて?」

 他愛もない会話は続く。話し乍ら、ナマエは血塗れの外套やワイシャツを脱いで予め車内に用意されていた服に着替えていく。

「着替えを持つ手間を増やすよりも、此処で着替えるほうが最適解ではなくて? 生憎、屋外で服を脱ぐ趣味はないもの」
「清掃の手間がかかるだろう」
「必要経費でしたらお支払い致しますわ」

 暫くして、車は彼らの拠点へと到着した。真新しい外套を纏い、鴎外のエスコートで降り立ったナマエは嫋やかな笑みを浮かべて会釈した。

「あまり男の前で肌を晒すものではないよ」
「あら、見られて困るような身体はしていなくてよ。其れに、わたくし、幼女趣味の首領を信頼しているの」
「其れはどうも」
「はい、此れに好きな額を書いて頂戴」

 言いながら、ナマエは小切手を取り出した。鴎外は其れを受け取り懐へと仕舞った。

「君の財力は尽きないものだね。一体どれだけ貯め込んでいるんだい?」
「あらあら、首領といえどそんなことを聞くのは野暮でしてよ」
「其れだけの金があれば──金がなくても、君は幹部にだって成れるのに」
「うふふ、わたくし、地位や権力にはそこまでの魅力を感じないの。是迄通り、ギブアンドテイクでいいのよ。資金提供する代わりに──殺せれば」

 彼女の名前はナマエ・ミョウジ。
 ポートマフィアの構成員であり、人呼んでマフィアの資金源。ナマエには国内外の数多のパトロンから金という名の寵愛が競うようにして降り注ぐ。弱冠二十歳にして一生をかけても使い切れないほどの富を手にしている彼女の一番贅沢な金の使い道が、見返りを目的としたマフィアへの資金提供なのである。その見返りというのが、先刻行われた行為だ。鴎外は資金提供の見返りとして、マフィアにとって邪魔な存在をナマエに殺させている。
 闇夜に紛れて殺戮を繰り返す殺人鬼の正体を知る者は──ナマエの異能を知る者は、此の世でナマエと鴎外の二人だけだ。


 夜が明けて、報道番組が殺人鬼の凶行を知らせる。死体は何れも首を落とされて殺害されており、ここ数年で不定期に繰り返されている事件と手口が同じことから同一犯とされた。
 未だに殺人鬼の尻尾を掴む者はいない。

闇夜の従犯

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