凡人 | ナノ
後悔
あーあ。
馬鹿だよね、私も。
結局何も言わないで出て来ちゃったよ。
まあ、寝てたしな……臨也。
起こすのも悪いし、正直今は顔も見たくない。
……見たら、きっとボロがでる。
今までだって散々迷惑かけてきたんだ。これ以上迷惑かけるわけにはいかない。
「……にしてもなんで宅配頼まなかったんだろ。すっごく重いし、これ」
東京に来たときってこんなに荷物あったっけ?
なかったような気がする。
なんでこんなことに……。
ぶつぶつと独り言を呟いていると突然肩を掴まれた。
そのままぐっと引っ張られ、何事かと頭を後ろに向けるとそこには息を切らした臨也の姿。
それは間違いなく本物で。
「……あ。お……おはようございます」
「おはようじゃない。なにしてんの?」
乱れきった呼吸のまま、臨也は言葉を紡ぎだす。
きつく睨みをきかせながら、強奪するように私の手からバッグを取る。
――なにしてるの、って……
昨日自分で言ったことを覚えていないのか、それとも忘れてしまったのか。
あ、もしかして挨拶なしに出ていったから怒ってるのかな……。
そうだよね、今までお世話になっといてありがとうの一言もなきゃ怒るに決まってる。
「無礼でしたね、ごめんなさい。……おせわになりました」
出来る限りの笑顔を向けて、冷静にお礼を言ってみる。
人間、その場になれば案外なんでもできるもので、さっきまで出来ないんじゃないかと思っていた“笑顔の挨拶”なんてこんなに容易くできてしまった。
まったく単純だ、私は。
これだから臨也に相手にされないんじゃないの? なーんて。
……自分で言ってて馬鹿らしくなってきた。
「誰がいつどこで家から出て良い、なんて許可出した?」
「―――は?」
許可……?
許可って……昨日の私の勇気をあんな簡単に受け流しといてよく言うよ。
私があの家を出て行くことに興味なんてなかったんじゃないの……?
「まったく。明利は物わかりが悪すぎるね」
「臨也って何考えてるかよくわかんない」
「俺にしてみれば君のほうがわからないけどね」
「わからないんじゃなくて理解しようとしないんでしょ?」
いつも無駄な理屈をこね回す臨也だが、今日は深入りすることもなく“今はそういうことにしといてあげるよ”と素直に受け入れる。
鼻で笑っているところを見ると、軽くけなされているような気もしてならないが、まず認めることを嫌う臨也にはまずまずの進歩かもしれない。
「ねえ、臨也。やっぱり私……そっち戻ってもいい?」
「戻るも何も、明利の家は初めからあれって決まってるんだから」
なんでだろう。
出て行くと言う時にはあれだけ勇気を振り絞ったのに、戻っていい?と言う時はなんの迷いもなく言葉を発せる。
警戒心の上について行ったはずの臨也にも、今ではこんなに近づいた距離で話すことができている。
今ならきっと。
今だからこそ伝えられる想いがある。
「ねぇ、臨也……」
「なに?」
言葉では不十分で曖昧な、表現しきれない感情。
でも隠し下手な私には伝えないほうが難しいのかもしれない。
「―――好きになっても、いいですか……?」
始まりの鐘があたりに響き渡るような、そんな気が……した。
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