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甘いオバケとつれない人間




“あいつ、案外子供っぽいとこあるのよ。ホント、馬鹿らしい”

それはつい先日のことだ。
私の友人がもうすぐハロウィンだね! と騒ぎ始めた頃、臨也もその行事に興味関心があるのか知りたくなった私は波江さんにその疑問を投げかけたのだ。

さすがに本人に聞くのは色々と気が進まない。
なにせ相手があの折原臨也だ。いくら他人の情報を簡単に売ろうとも、自分の情報は安く売ってはくれない。
売るどころか、最悪こちら側の情報を流しかねないというリスクが伴われる。



「子供っぽい、か……」



先程、友人がハロウィンのことで騒ぎたてていると言った。
だが、私はその部類に含まれない。

クリスマスとなれば少人数であろうがなかろうがちょっとしたパーティを開いたりもする。

だが、ハロウィンはどうだろう。
テレビでは仮装パーティだのパンプキンパイだのといかにもハロウィンを満喫している様子を放映しているが基本、私の家ではなにもしない。
だからなのか。私は周りに比べて興味が薄い。



「もし臨也が楽しみにしてるならそれなりにのってあげなきゃダメなんだろうけど……でもなぁ」



この際だからはっきり言ってしまおうか。
いくら頑張っても興味がないものはない。
それ以上でもそれ以下でもないわけだ。
無理をしてその場の空気を壊す方が悪いだろう。
それではただ空気を読めない、常識がないだけの人間だ。



「……やっぱり言おう」
「誰に何を言うのかな?」
「っ!?」



仕事でマンションを出ていたはずの臨也がいつの間にか帰ってきていたようだ。
まったくもって気配がなかったものだから、もしかしたらさっきまでの独り言をすべて聞かれていたのかもしれないと一度、身を強張らせたがここにいる臨也の顔色を伺う限りそれを聞いていた様子はなく、私は彼に気づかれないようにそっと力を抜いた。



「べつに大したことじゃないよ……っていうか、その格好は」
「つっこむのが遅い」



他のことに気を取られすぎていて臨也の服にまで目が回らなかった。
臨也が身にまとっていたのは普段、何もない日に行うならコスプレと名のつくもの(まあ、今日に限り仮装という名目になるが)
その格好は見る限り吸血鬼だろう。
だが、私にとってそんなことはどうでもいい。

目の前にいる彼は既にハロウィンモードへと突入してしまっている。
ここで私がハロウィンに興味がないといってしまっていいのだろうか?
それこそ空気をぶち壊す要因になりかねないのではないか。

――完全に、言うタイミングを逃したかも……
もうここまできてしまっては乗る以外他ならないだろう。



「に、似合ってるね……その格好」
「ああ……そりゃどうも」



嘘は言っていない。
似合っているのは本当だ。
臨也のいつもと違った格好を見ることができるのは稀なこと。
これは今日という日を堪能するのも悪くはないような気がしてきた。



「……見た目だけはいいんだよね、見た目だけは」
「へぇ……言ってくれるね」
「あっ、ちが……っ変な意味じゃなくて……!」
「トリックオアトリート」



にやり、と口元を歪めて厭らしく笑う臨也。
多分こいつは私がお菓子を持っていないことを知っている。

仕方のないことだ。
そもそも当初はハロウィンに興味がないというつもりでいたわけだからお菓子をもっていないのは仕方ないことだ。
だが、臨也はこれを仕方ないの一言で片付けてくれるほど生温い男ではない。



「……持ってない」
「そういう時は、どうするんだっけ?」
「どうって……」



そんなこと教えてもらった覚えはない。
いや、あったとしても従順でいられはしないが。

どうせ臨也のことだ。嫌味な仕事でも押し付けてくるのではなかろうか。



「わ、私はセルティみたいなことできないからねっ!」
「運び屋? ……ああ、仕事は関係ないよ。ほら」



片手で手招きをする臨也の方へゆっくり歩み寄る。
差し出された手をぎゅっと握ると、向かい合わせになるように臨也の太ももの上に座らされた。

いつもより少し、至近に感じる臨也の吐息と温もり。
二人きりのときでもどこかのカップルのようにベタベタとすることがない私たちには珍しい距離感。



「……臨也?」
「なに?」
「……これ、悪戯?」
「まさか、何? 不満だとか言いたいわけ?」
「滅相もない……」



不満より驚愕がまさる。
今までの臨也のわがままと言えば身の回りの整理整頓や家事などといったいわゆる雑用というものばかりさせられてきた。

今日に限って、という言い方は変かもしれないがまさかあの臨也からこんな要求をされるなんて思ってもみなかった。



「なまえ」
「な…………んっ!?」



返事を言い終えることなく、両頬に手を添えられ軽くキスをされる。
それで事が済んだのかと思いきや、下唇に走るちくりとした痛みに、声を漏らしそうになったがそれを上手くかみ殺した。
臨也はわざと噛んだところを舌先でぺろりと舐め、わずかに顔を離して覗き込む。



「……ずいぶんと余裕だね」
「え……? あ、違っ!!!」
「まあ、べつに構わないよ。俺だってまだまだ余裕だし、お楽しみはこれからってところかな?」



まただ。
本日二度目の妖艶で楽しそうな笑み。
今度は声を上げる間もなく口付けをされる。
先程したような軽いものではない。
もっと深くて息苦しくなるような大人のキス。



「……っ、んん……っ」



押し返そうにも押し返せず、顔を背けようにも背けられない。
どうしたんだろう。
今日の臨也は明らかにおかしい。
そんなことを薄れ行く意識の中で考えながら、私はそっと目を閉じた。




甘いオバケとつれない人間
(……あんた、昼間からなにやってんの?)
(あ、波江さん。なにって……べつに? まあ、なまえがこうなったのは仮に俺のせいだとしても俺には関係ないよ)
(あっそ。どうぞお好きに)
(ふっ、なまえは俺の所有物だからね……どうしようと俺の勝手ってわけさ!)

お題!待ってて神さま

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