小説 | ナノ
パァァンッと耳に響く気持ちのいい音が会場中に広がった。


「一本!赤の勝ち!」


右手に握られた赤い旗が空を切り、高々と上げられた。
決勝、延長戦の一本勝負。


「……負けちゃった」


二階のギャラリーで負けた白の帯を見つめながら、ぽつりと呟いた。





冬 は や っ ぱ り 寒 か っ た





時計が15時半過ぎを示す。
閉会式が終わって、武道館に缶詰めだった人の数が徐々に減り始めていた。私は一人、武道館の玄関でその光景を眺めながら人を待っていた。
人混みから聞こえてくる会話は大抵今日の決勝戦の事だ。

馬鹿にしたり、蔑んだり、そんな言葉に思わず叫びそうになるのを必死に抑える。
手のひらに爪が食い込んだ。


(ふざけんな、何も知らないくせに)


心の中で思いつくだけの悪態をつく。今の私にはそうするしか出来なかった。
知っている。一番辛いのはきっと。



それから暫くして周りには誰もいなくなった。
私が待っている男はなかなか現れない。

その日はいつもより寒かった。お日様はあっという間に西に傾き、微かな光だけで私を照らしていた。

冷えて悴み、感覚の無くなる指の先に白い息を吹きかけて、首のマフラーをもう一度強く巻き直す。


(手袋持ってくるべきだったアル)


その時、次々と銀高の剣道部が玄関から姿を現した。
私はポケットに手を突っ込んで立ち上がる。


(何処アルカ)


キョロキョロと瞳を動かした。


「お、チャイナさんじゃねーか!」


威勢の良い聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
近づいてくる二つの影に、残り少ない太陽の光で正体を確認する。それにあまり時間はかからなかった。


「ゴリラにトッシーアルカ」

「総悟か?」

「そうヨ」

「じゃあもうすぐ出てくる、カイロいるか?」

「まじでか、ありがとうアル!」


トッシーがポケットから出したカイロを受け取る。まだ開けたばかりのようであまり温かくなかった。


「じゃあな」

「おう、また明日アル」


寒そうに背中を丸めたゴリラたちを見送り、私は入り口に目をやる。



沖田は今日決勝戦で負けた。相手も強かったけど、決して沖田が負けてしまうような相手ではなかった。
放課後の時間も最近はちゃんと部活に出ていたことも知っていた。
だってちゃんと私は沖田を見てたから。
何故負けたのか、不思議だった。

暗がりに人影が見えた。
目を凝らすと淡い栗色の髪の持ち主。


「おーきた!」


名前を呼ぶと俯いた顔が起き上がる。
いつもと変わらない。沖田はあまり感情を表に出さない。それが少しだけ寂しかった。


「なんでィ、チャイナ来てたのか」

「てめーが呼んだんダロ」

「あ、そうか」


沖田は防具の入った重そうな鞄と、竹刀の入った長い袋を肩からかけていた。


「一個貸すアル、そのでっかいのか竹刀かどっちか」

「重いぜィ」

「普通の女と違うネ」

「んーじゃあほれ」


そういって沖田は竹刀の入った袋を手渡す。
沖田はずるい。いつもはゴリラとか怪力とかいうくせに、たまにこうやって優しくなって。
でもそれがやっぱり嬉しいのは、絶対教えてあげない。


「帰るぞ」

「おう」


沖田の後に続いて私も歩き出した。






住宅の建ち並ぶ路地を私と沖田は歩いた。街灯はあまり意味を為していない。

会話はない。沖田も話さないから私も話さない。
竹刀を抱きかかえ少し背の高い影を追い掛けた。


「チャイナァ」


不意に沖田がそう私を呼んだ。しかし振り向かない。私は広い背中を見つめた。


「わりーな、呼んどいて負けちまって」


いつもの声色で沖田は言った。

ほんとアル、私の時間を返せヨ、そういうつもりだった。
だけど何故か言い返すことはできなかった。


「……うん」


小さく返事をするしか出来ない。あまりに無力な私が嫌い。


「気ィ緩んでたのかもな」

「………」

「おい」

「………」

「おいって」

「………」




「神楽」


名前を呼ばれて私は顔を上げた。


「………な、に?」


鼻先が真っ赤だった。
やほど寒いのか。沖田はマフラーもしていなかった。


「あんたがごちゃごちゃ考えてる必要はねぇ、まあ練習サボりまくってたからなァ、あーあまた土方に怒鳴られらァ」

「痛いんダロ」

「は?」

「足」


私は沖田の右足を踏みつけた。


「いっ…!!」


軽く踏んだだけなのに沖田は足を手で抑え必死に痛みに耐えていた。
私は盛大に溜め息をつく。白い息が視界を覆った。


「確実に病院行きアル」


そんな私を涙が浮かんだ目で睨みつけた男が一人。


「何しやがる」

「あまりに強情なんで体に聞いたまでネ、体は正直アルな」

「なんかエロ」

「変態ドS」


私は沖田が落とした防具の入った鞄も担ぐ。剣道独特の匂いがした。
やっぱり重い、そして臭い。


「よく耐えたアル、結局駄目だったけど」

「重いだろィ、貸せ」

「嫌ヨ、私が持つアル」


沖田の腕を引っ張るとぐらつきながら、立ち上がる。


「くそ、てめーのせいで悪化したぞ」

「どの道ほっといたら悪化したネ」


ひょこひょこと沖田は私の後を歩き出す。私は余りに薄着の彼に自分のマフラーをかけてやった。


「おい、やめなせェ」

「風邪引くヨ」

「それはあんただろィ」


私はマフラーを取ろうとする手をぎゅっと握った


「やめてヨ」

「あんたが風邪引かれちゃ困るんでさァ」

「嫌、だめ」

「どうしたんでィ」

「…………」

「チャイナ?」


沖田の抵抗する力が緩んだのを確認すると手を離した。不思議そうに私を眺める瞳から避けるように再び歩き出した。


「早く帰ろうヨ」

「あんたんちが先だろィ」

「私は平気ネ、お前は一刻も早く病院に行くアル」

「意地はんな」

「はってないアルっ!」


気付くと大きな声を上げていた。私の声は満点の星空に木霊する。


「お前は今私より自分の心配するネっ!!」


イライラする。ムカつく。全部全部腹が立つ。
手足が悴んで痛い。温かいのはポケットのカイロとつんと痛い鼻先。涙が頬を伝って溢れ出した。
気付けば痛い足をひきずった沖田が目の前にいた。腰を曲げ、私の覗き込むようにして涙を拭い始めた親指は冷たかった。
そんな優しさに私はよりいっそう顔をくしゃりと歪ました。


「ブサイクだなオイ」

「……絶対許さない、相手の野郎」

「おお、勇ましいなァ」


手を伸ばして沖田の服を小さく掴んだ。
その手に沖田の手が重なった。
相変わらず冷たいね。


(悔しい…)


彼を傷付けた何もかもが憎かった。


「帰ろうヨ」


今まで見たことないくらい穏やかに沖田が笑った。
空はいつの間にか今年の初雪が降っていた。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -