ジェンガ その他 | ナノ
3


決して綺麗とは言えないけれど、神楽の住んでいたボロ家よりはるかにマシである古ぼけたアパートが沖田の住まいだった。
沖田も神楽と同じ一人暮らしだった。まだ高校生の身でマンションなど住めるはずもなく、沖田で最高、神楽で最低ラインといったところだろう。


神楽はそのアパートの前でじっと立ち尽くしたままだった。
どうやって入ろう?何度も繰り返しシュミレーションを考え直す。


(いつもどおり……でも行きづらいアルナー…あいつなんか怒ってたし、第一家帰ってるアルカ?部活……はしてるわけないアル、でも授業出てなかったてことは屋上か保健室で昼寝の可能性が大ネ、そしたらまだ寝こけてる…?出来れば会わずにとっていきたいアルナ……合い鍵なんてもらってないし…大家さんに借りるしかないアル、…いやでも)


通行人が立ち止まる神楽を不思議そう、また怪訝そうに眺め立ち去っていく。しかしそんな視線に気付くことなく、神楽はぼうと考えていた。


(……あいつ、なんで怒っててたアルカ)


胸の奥でもやもやと漂い続けるそれに、下唇をキュッと噛んだ。神楽は本気で沖田が怒っているところを見たことがなかった。毎日口喧嘩から殴り合いに発展するまでの関係だったが、決して沖田が本気で神楽に挑んできたことはない。
「死ね」だの「馬鹿」だのの暴言もただの遊びだった。馬鹿だと思ったことはあるが死んで欲しいと思ったことはなかった。
だからこそあの刺すような冷たい視線が酷く恐ろしく感じた。
本当に神楽を軽蔑していたように見えた。


「クソ…っ、沖田の分際で腹が立つアル!」

「随分ご勝手なこって」


そんな声が突然聞こえてきて思わず神楽は身をびくりと震わした。それを見た沖田は馬鹿にしたように笑った。
さらにそれを見た神楽はぐっとこぶしに力を入れた。
何か言い返したいけれど今は我慢した。
沖田の部屋にある自分の荷物を取り返すまでは自分が沖田より下であり、彼を怒らすわけにはいかなかった。


「今帰りカ?」


平然を装って、話しかけた自分を神楽は誉めてやりたかった。
しかしそんな神楽の苦労も知らず、沖田は質問に答えることはしなかった。


「何の用でさァ」


小さく呟いて、神楽がどうしても踏み出すことの出来なかった目の前の沖田の部屋へと続くアパートの階段を上がっていく。
神楽はあわててその後を追いかけながら答えた。


「に!荷物!!荷物取りに来ただけアル!!」

「…………」


すると沖田の歩みが止まった。
神楽は微動だにしない背中を眉をしかめながら眺めた。


「お、おい?」


神楽がそう言うと沖田はゆっくりと足をまた次の段差に掛けた。


「ああ、早く取ってけ」


そういいながら。
ぶっきらぼうさに神楽はまた腹が立ったが自分の荷物を取り返せることのほうが上回った。
早く帰ろう、銀ちゃんが待ってる。
ずっとずっとその方が嬉しくて。


沖田は自分の部屋の鍵を開ける。
神楽はその様子を見ながら早くしろと思わず口走ってしまいそうな口を下唇を噛み締めてこらえた。
ガチャと鍵が開く音がして、沖田はドアノブをひねる。
その扉が開いた瞬間、神楽は思わず沖田を押しのけてその部屋へと入った。

部屋の隅に神楽の荷物は置いてあった。
荷物は銀八の家に行くつもりだったので綺麗に片付けられていた。それらを神楽は自身の肩から掛けた。その時間はわずか二三秒。
神楽が振り返ると沖田が数歩後ろに立っていてその赤い瞳と目が合った。
神楽は体が固まったみたいに動かなくなった。
鋭い視線、あの時見た冷たい視線だった。ごくりと唾を飲んだ。

神楽は早々にこの部屋から、沖田のいる空間から逃げ出したかった。
だからそんな視線には気づかないふりをして、沖田にこういった。


「ありがとうナ、今まで」


素直に出来るだけ沖田を怒らさず、言ったこともない感謝の言葉を言った。
しかしそれは沖田には逆効果だった。


「早く行きてェかィ?銀八のとこに」

「え……」


沖田は唇の端を上げて笑って見せた。
分かっていた。神楽が早く銀八のところに行きたくて自分に突っかかろうとしないことに。


「銀八は気づいてねェみたいだけどな、お前銀八が好きだろィ」

「…っ」

「馬鹿じゃねェ、お前」


沖田は鞄をソファに投げた。
昨日までテレビを鑑賞するときに少しだけ間を開けて座っていたソファに。


「なんで……」

「てめェを見てりゃあ分かりまさァ、気づいてねェとでも思ってた?」

「………お前には…関係ないアル、私が誰を好きだろうとお前には」


そういった神楽の言葉に沖田は胸に突き刺さるような痛みを感じた。
それが何の痛みかは今の沖田には分からない。
確かに彼女が誰を好きだろうと自分には関係ない。でも腹が立つ。
なんで、なんで銀八なんかに。


「忠告しといてやらァ、お前は生徒、銀八は教師、どうやったってお前の想いは届きゃしねェんだよ」

「そんなの…」

「関係ないってか?馬鹿だろィ、色恋語ってんじゃねェよ、所詮そんなのただのお前の我侭……」

「分かってるアル!!!!」


高い声が家中に響いた。
神楽は顔を真っ赤にさせて、瞳に涙をいっぱい溜めて、そう張り上げた。


「分かってるヨ!そんなこと!!だから好きなんて言わないアル!好きだから言わないのヨ!!!そんな自分勝手なことで好きな人を困らしたりするほど、私は馬鹿じゃない!!」


言い終えると神楽は肩で息を切らし、ついに頬を伝って涙が足元へ落ちた。
まただ、沖田は自分の服をくしゃりと掴んだ。
するとどうしようもなく悔しくて、そんな神楽を壊してしまいたくなった。
気持ちだけが高ぶって自分のしようとすることがどんなに酷いことか気付くのはだいぶ先のことだった。


そして沖田は神楽の手首を掴みあげた。

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