キャラソンネタなので、深く考えず広い心でお読み頂ければと思います
体育館から繋がる渡り廊下を抜け校舎に入ってすぐ、一番近い階段周囲から室内庭園が見える。 空き部分に校舎と隣接して建設されたもので、さほど大きくない。 園芸部が活動しているので、手入れされた植物は瑞々しく覆い茂り、色とりどりの花は鮮やかに咲いている。 その庭園は節度と指定された場所さえ守れば飲食可能で、昼休み、道筋のベンチ複数に生徒がいてもおかしくない。 加えて積雪の多い陽泉、冬から春に掛けての時期はそこそこ人気だ。 雅子は庭園の景色を眺めながら歩いているとーー目立つ巨躯、男子バスケットボール部員として頼もしい生徒たちを発見した。 福井を間に挟んで、岡村と劉が4人掛けのベンチながら窮屈そうに座っている。 仲が良いな。 学年を越えて休み時間も一緒に居るので、そんな感想を抱きつつ、雅子は素通りしようした。 愛想が良くない訳でも、無関心な訳でもない。 単に教師として、顧問として、変に干渉しすぎない線引きだ。 けれども――福井と目が合った。 ガラス張りで気付き難い筈なのに、目敏い。 福井が腰を上げようとするので、雅子は掌を前に出し「来るな」と示す。 3年目の慣れか、察した福井は動かず。 一連の動きでやっと気付いた岡村と劉も雅子の方を見てくる。 繰り返すのも手間だ。 雅子から軽く手を振って歩き出そうとするーーも、劉が勢い良く立ち上がる。 劉は福井と異なり、よく制御を振り切るけれど、『今』でなければならない急かしが珍しい。 しかも室内庭園を抜けてこようとする。 3年が引退し、新体制に移行したばかりなので、相談かもしれない。 職員室に戻るのではなく庭園へ、雅子から赴いた。 「監督!」 独特なニュアンスを含んだ呼び方で、劉が雅子の方に駆け寄ってくる。 その際、劉の手に何か持っており、何かと繋がっていた福井と岡村が引っ張られ、「いてえ!」「いきなり立ち上がるんじゃない!」と短い悲鳴を上げていたが、我関せず。 振り返らず、雅子の目の前まで辿り着く。 「監督。これ、知ってるアル?」 何を持っていたのかと思えば、デジタルメディアプレーヤーを差し出される。 イヤフォンがくっ付いているので、先程の苦情は、耳に差し込んでいたのを無理矢理引っ張って取られた痛みだろう。 なんて豪快かつ適当かつ酷いのだろうか。 忠告も馬鹿らしいので、問い掛けず、画面を見た。 「なに…ああ、なんだったか…デュエットソング、か?」 紫原と氷室の写真が描かれたCDジャケットの画像が瞳に映り、把握する。 「そうネ、氷室と紫原のソングアル」 劉から雅子の問いに肯定。 加えて『ソング』という単語に笑いのツボが入ったようで、ひとり『氷室のソング…』と馬鹿にしながら堪え全くない笑いを零している。 氷室と劉は主将副主将の間柄になってから、互いに更なる手厳しさが増したけれど、遭遇や環境の問題で認め合っている仲だ――と雅子は思っていたが。 データ化させて持ち歩き、しかも昼休みに聴くこと。 仲良さと弄りとネタと他諸々、このふたり紙一重だと、場違いながら感じた。 「いてえ、マジ耳いてえ…監督、こんにちは。それ聴きました?」 「こんにちは、監督。ふたりとも歌うまくて、ワシ毎度毎度複雑でのう…」 劉の後を追って来た福井と岡村が続けて参加してくる。 カラオケで歌声を聴き慣れているのか、それ自体驚きはないようだ。 雅子は初めて聴いたが、岡村の意見に同感だった。 「ああ、色々…なんだ、不思議な気分になったがな」 「色々?」 「…えっと、それどういう」 「監督…?」 三者三様だが、興味部分は一緒らしい。 男三人驚きながらも食いついてくる様に、「反応として良くなかったな」と、雅子は反省した。 誇張表現したかった訳でもなく、どう言葉にしようか思案してしまう。 「まさ子ちん、どしたのー…あれ? 揃って内緒ごとー?」 場の空気をぶち抜くのも、話題の中心――の片割れ。 紫原が背中を屈め、少し首を傾けながら、のそのそと歩いてくる。 片手には相変わらずの菓子袋、購買で買った帰りか未開封のもあった。 「監督と呼べ。お前は何度言えば分かるんだ」 ガラス越しなので、校舎から見える。 けれど、気付いた紫原がやってくるのも珍しい。 ただ、それも思うだけ。 雅子の性格的に茶化す気なく、開口一番譲れない部分をしっかり声にする。 「まさ子ちん、臨機応変て言葉知ってる?」 「教育指導に臨機応変は必要だが、呼称に関し適応しない」 「かたーい」 「紫原」 意見全てぶった切らない所は教師らしく、生徒の芽を摘み取らない優しさあっても、視線が酷く鋭い。 名前を呼んでいるだけなのに、纏う空気すら変化している。 とりあえずこの流れから入らないと済まないふたりに、氷室辺りが「相変わらずだね」などとぼやきそうだと男3人現実逃避しているとーー 「あ、リュウ! 古典の辞典貸りたから…」 庭園の2階相当部分に柵付きの窓があり、校舎側から開けられる。 劉の背中を見つけた氷室が、窓を開け、声を掛けて来た。 「あれ? アツシ? …に、カントク。みな揃ってどうしたんです?」 ●「どうしたはお前だ」と満場一致。 Wエース、どちらも登場に脈略なく騒がしい。 「……氷室、勝手に借りるなと何度言えば分かるネ」 「劉探してたら昼休み終わるよ」 隣席の子に伝言はしたよ? 間違ったことでもないだろう、と平然な顔をしてきた。 劉が反応する前に「Please wait!」と短く切るや否や窓を閉め、廊下を走り出す。 氷室の場所から庭園入り口の扉まで短い距離、やって来ると容易く想像出来た。 「単語にマーカーでライン引かないだけマシね…」 「それ最低限だし」 辞書のエロいものに蛍光ペンで印をつける友人を友人と呼ぶべきか悩むところだ。 だいたい「友達は選べ、な?」と返したくなる。 言い聞かせるように呟く劉に、紫原が正論を叩き込んだ。 律儀に待ちながら紫原の菓子を食べている――案の定若干キレる紫原に、宥める岡村、我関せずな劉、先輩権利を行使する福井がいた――と、程なく氷室が到着する。 「……室ちんがやってくるから、訳わかんなくなったじゃん」 「え? 何か話の途中だった?」 菓子袋を身で隠しながら、八つ当たり。 訳が分からない氷室は、首を傾げた。 「ほんとなんだっけ…あー何、内緒してるのか聞いてたんだっけ」 「内緒?」 早く話して、劉。 同学年に無茶ぶる男、氷室が劉に視線を向ける。 やはり矛先はこっちかと思う劉はそのまま雅子へ。 劉、福井と岡村が中々話さない理由がある。 そして雅子にはない。 だから、言葉にするのも雅子からであり、 「お前らの歌について話していたんだ」 あっさり言った! 他力本願であろうと抵抗のなさに驚く劉と福井を見た氷室は目を丸くし、紫原は怪訝そうな面をした。 「……うた?」 「えーと、タイトルなんだったか。おい、劉さっきの」 「あー…Yes, Ma'am. これネ」 何処かの誰かのように、劉が出身国詐称な反応を見せている時点で、だいぶ動転している。 雅子は「なんだそれは…」と呆れ思うも、話の腰を折る訳にも行かないので、触れず。 再度、劉のデジタルメディアプレーヤー画面を見せて貰い、思い出した意味で軽く頷く。 「ああ、そうだ。『ZERO GAME』…と、『Till ――」 「あーあーあーあーーーーまさ子ちん、なにそれ!?」 紫原から珍しく、少し声を荒げながら、雅子の発言を遮った。 雅子の言葉が形になるなら、一度目は軽く、二度目の傷は深く。 もう勢い良くザクッと、紫原の心に刻む。 「ちょっと、なんでまさ子ちんが知ってんの?」 纏う空気が酷く悪化する。 不機嫌、では一括りしにくい。 恥ずかしいやら、苛立ちやら、戸惑いやら、複雑に入り交じっている態度だ。 雅子は珍しさから視線を外さず、瞬き少し。 咎められないのを良いことに、紫原の勢いが加速する。 「ていうか、そっちはデータ持ってるの。捻り潰…違う、叩き壊すから貸して。あー違う、承諾いらないし、早く」 紫原は混乱している。 ゲームでの定番、ありきたりな一文が付いているような。 挙動不審のように身を揺らし、紫原の手が慌てながら伸びた。 「アゴリラの壁!」 「岡村、動くんじゃねえぞ」 「ワシ盾にしないで?! 福井も便乗するんじゃない!」 冗談半分の劉と、色々手に負えないし厄介事から退散の福井が、岡村の後ろに移動する。 「アツシ。隠しきれることじゃないよ」 「なに、原因は室ちんなの?」 紫原の鋭い思考、元凶を一瞬にして見切った。 「原因というかカントクにはオレから渡したよ。リュウには『貸して』て言われたからだけどね」 今にも捻り潰そうとする紫原、残り半分は興味の劉と楽しみ始める福井と巻き込まれた岡村、このふたつの間に氷室が立つ。 庇うというより、面向かって意見を返したいのだろう。 「隠していたのか…」 物理攻撃のケンカにならない限り様子見の雅子は、やっと現状を理解し始めていた。 特に劉と福井が、躊躇っていた理由に繋がる。 察していてもあえて気にしなくて良いか、と思った時点で、雅子もだいぶ大概だ。 「アツシが聴かせてくれなかったんですよ」 「私が氷室から音源貰ったネ」 紫原は拒んで聴かせず、氷室は平然と渡して来たらしい。 とてつもなく想像出来る、予想範囲内の行動。 「音源のデータ、バックアップしっかりとったアル」 「ワシそれイジメなのかイジるためなのか、友達思いなのか……判断しにくいんじゃが」 ドヤ顔の劉に、チームメイトと後輩に対しそれで良いのかと不安がる岡村と、冷静に「どれもじゃね?」と返す福井。 友情のあり方にとやかく言うつもりもないし、批判しすぎない程々の弄りだと分かっているので、雅子は咎めないでおく。 一方――蚊帳の外が騒いでいる中、Wエースは不毛な争いを悪化させていた。 「なんなの室ちん自意識過剰でしょ。俺も忠告忘れてたのが、いけないんだろうけどさあ!」 「カジョウ、じゃないよ。むしろアツシはカショウ評価? だよ」 「過小評価してないし。他の、ミドチンとか黒ちんとかのに負けてないし。俺たちが一番だから」 断言する紫原に、氷室は嬉しそうな笑みを零す。 その背後にて、劉が「デレたアル…」と零し、拾った福井が「アツシのはツンデレ類じゃないだろ」と返し、壁にされていた岡村が「ツンなんてあったかの…」と疑問を作っている。 雅子ひとり呆れていたが、ある一点でつい声を出し、割り込んでしまう。 「なんだ。他の…お前らの周りにも、こういうのがあるのか」 「え…? あ、なに、まさ子ちん、これしか聴いてないの?」 「ああ、そうだ。氷室から、紫原と氷室のだけな」 雅子は基本こういうことに、想像を掻き立てない。 氷室から詳しく問わず、何の疑問もなく『これだけ』と思い込んでいた。 「考えてごらん、アツシ。カントクが他の聴く必要ないだろ? オレらがカントクに聴いて欲しいのは、オレらの気持ちの、だからね」 「……まあ、そうなんだけど…いや、そういうことじゃないし」 あーもう。 紫原にしては、唖然としたやるせない気持ちの篭った溜め息が洩れる。 いつでも気怠げな態度を取るが、こういう空気はあまりない。 「カントク。曲の方、どうでした?」 けりが付いたと判断した氷室が、雅子の方へ話題を投げる。 年上の女性に向けた、少しあまく優しい表情が自然に滲み出るなんて、氷室末恐ろしい。 同年代ならそう思うが、ただの餓鬼と認識している雅子は、バシバシ当たる末恐ろしい何かを無視し、言葉を選んだ。 「ふたりとも、上手いな」 曲云々より才がある、というのが第一印象。 陽泉のWエースはふたつもみっつも才能や身体の優れた部分を貰い過ぎだろ、と思った程だ。 雅子には年下過ぎて、妬みや憧れもなく、ただの感想に過ぎないが。 「ああ…なんてことだ。オレ、カントクの歌声聴いたことないです」 「聴かせたことないし、聴かせる予定もないな」 「カラオケなど、嫌いですか?」 「いや?」 「歌唱力に自信がないとか?」 「さあ、どうだろうな。嫌がられたことはないが、披露するものでもないだろ」 「そんなことはないですよ、カントク」 演技でもなく、本気で失態と思っている氷室の感情は何処から湧き上がるのか。 「アツシも聴いてみたいよね? あれ、アツシ?」 雅子の歌唱さておき、氷室そのものにドン引いている劉と同じく、隣の紫原も「なにこの室ちん…」と戦いている。 余談だが、音源データから意識が逸れ安全を確認した福井は岡村の横に移動し「後輩恐い」と岡村に投げていた。 「紫原?」 氷室はこれで良しとして。 紫原は流石に追い込み過ぎたか、と雅子なりに反省、名を呼んで視線を向けさせる。 「良いもの聴かせてくれた」 どちらの曲もWエースの内心を打ち明けてくれたような気がしたから。 後ろめたさもあったけれど、嬉しさの方が増してしまった。 不甲斐なくも、一個人として。 雅子は、そう感じたから、冗談抜きで、思いを言葉にする。 「……褒めなくて良いし」 「恥ずかしがることはない」 「まさ子ちん」 もう止めて。 そっぽ向く紫原だが、立ち去らない、逃げない。 単に照れくさいのだろう。 雅子は口元を緩め、紫原の腕を軽く叩いた。 「私の方針とお前らのが一致していて、安心した」 「……まさ子ちんの方針て結構えげつないよね」 片方の曲について、そう表現される。 もうひとつの曲なら紫原の方が『えげつない』と思うも、雅子は反論しない。 「冷静に噛み締めると、確かにその感想は間違えでもない。けれど、方針に変わりはない」 「うん。いきなり変えられても困るし」 「ああ。私は中途半端な慈悲はいらないと思っている」 未だ視線は合わず、けれど雅子も怒らず言葉を返し続ける。 紫原以外の男4人、雅子を見下げながら「手懐けてる…」と満場一致ながら、変な相槌を入れないでおいた。 「まあ、俺はそれで良いんだけど」 圧倒的な力で防ぎきる、守りの戦略を持つ陽泉にしたのは雅子だ。 彼女の勇ましさ、鋭さから攻め型に思われがちだが、バスケットボールに対し、意外性すら感じる程真逆の方針を取る。 いつもは猪突猛進なのに、緻密で、無情に押し潰す。 念入りに戦略を練る様も、いつもの豪快単純からは想像し難い。 それだけ雅子がバスケットボールに情熱を注ぐ証拠だ。 「そう思うなら、お前はもう少し真面目に行え。相手に対し失礼だろ。徹底的に潰せ」 「まさ子ちん? 格好良いようで、物騒だから。聞いてる、ねえ聞いてるまさ子ちん?」 「聞こえてる」 「なら、もういっこ聞いて。お願い」 こういう幼い表現がしっくり来るから、氷室とは異なる意味で質が悪い。 巨躯で賢くとも、餓鬼の枠から抜けられない原因でもある。 「聞く前から肯定はしない。言うだけ言ってみろ。考えるから」 そこは教師として頷こうよ。 紫原は内心そう思いつつ、首を動かし、雅子と向き合う。 相変わらず茶化さない、先を生きる教師として真っ直ぐな瞳と対面。 真面目過ぎやしないかと思うくらい、強い視線。 「あのね、まさ子ちん」 「なんだ」 恐くない。 ただ、紫原なりに少し、雅子の強さに心配してしまうだけ。 「もう、聴かないで。その、さあ…恥ずかしいし」 素直な気持ちがやっと聞けた雅子は、「相変わらず面倒な餓鬼だ」と思いつつ、淡く笑い、短く頷いた。 耳に残るは君の歌声
-Je crois entendre encore- 5限目前の予鈴が鳴り、強制解散。 学年で校舎、階が異なる為、各々散っていく中、同学年の劉と氷室は嫌でも最後まで一緒だった。 「氷室」 黙って歩ける、気兼ねない方だが、劉から話題を振ってみる。 今でなければ聞けない気がしたから。 「ん、なに?」 「曲に関して、紫原の方は聞けたネ。けど、氷室のは聞けなかったアル」 どうだったか。 そう問い掛けたが、全体的なことと、宥める際紫原の感想が聞けたくらいだ。 「なんだ。オレの聞きたいの?」 「否。お前なら、監督の感想は聞きたい筈、と思ったネ」 劉から氷室に視線を向けたのは、ほんの一瞬、名を呼んだ時だけ。 進行方向を見ながら、的確な部分を問い掛けてくる。 氷室の意見、雅子から氷室個人への感想。 そこがやや欠けている。 紫原のだけ聞いて、満足するような男には思えない。 「リュウはよく分かってるね」 「貶すな」 劉の使用する語尾口調は福井が教えたものであり、今ならおかしいことも分かっている。 けれど冗談混じりで継続している中、それすらも煩わしく取っ払って来た。 「褒めてるよ」 氷室の発言の意味合いを理解しているからこそ、嫌味付きで返したのに。 劉は内心舌打ち、濁されたと思っていると、氷室の笑う気配を感じた。 「オレへの感想は、CD返して貰った時に聞いたよ。ああ、そうだな…これこそオレだけの『内緒』だ」 呆れた。 結局のところ、あの前振りは紫原へ聞かせる為のものだった。 会話が切れた瞬間、劉のクラスの教室に着く。 軽い「Bye.」共に、もうふたつ先、自身の教室へ向かう氷室の後ろ姿を見ながら、劉は溜め息を洩らした。 「相変わらずの世話焼きか…」 氷室は丁度良い話題が転がっていたから、拝借した。 曲を聴かせないようにしていた紫原へ、評価、褒めて上げて欲しかった故の行動。 利用されたことより、弄りとしてデータを受け取れたことの方が勝る。 けれど、氷室に掌で転がされたことを捨て切れず、苛立つだけ。 ふつふつと沸き上がるものに「考える行為そのものが負け、これで弄る要素練るネ」と解釈して抑え込んでいると、本鈴が耳に届く。 別教室担当の教師に「早く入れ」と促され、劉は教室に入った。 back |