花火大会


(1.5と2.0の間)



「よし、後は着替えるだけ」

予定していた時間よりも早くに準備を終える事が出来て良かった。これでゆっくり着替えられる。

私は鼻歌を歌いながら階段を上り、部屋に向かった。そこには用意しておいた浴衣が二着あり、自分が着る浴衣を手に取る。

「臨也も間に合うと良いなぁ……」

準備も一緒にする予定だったけれど、今朝急に仕事が入ってしまい、朝ご飯を食べて仕事に出掛けていった。準備は一人でも出来るから問題無い。でも、もし間に合わなかったら少し困るな……。

「……とりあえず着替えよう」

浴衣に着替え終えてから鏡の前でちゃんと着れているか確認していると、玄関のドアが開く音が聞こえてきた。確認を済ませて部屋を出て、転ばないようにゆっくりと階段を下りて、ソファの近くに立っている臨也に声を掛ける。

「臨也、おかえりなさい」

「ただいま。あ、もう着替えたんだ」

「うん。臨也の浴衣も準備してあるよ」

「ありがとう。俺も着替えてくるよ」

臨也は部屋に向かい、私はテレビをつけてソファに腰掛ける。とりあえずニュース番組のチャンネルを選び、今日の出来事として映される画面をぼんやりと眺める。

特に興味深い出来事は無く、最近ずっとバイトが忙しかったせいか少し眠たくなってきた。臨也が着替えるまでの間、少し寝ちゃおうかな……。強く抗うことはなく、そのまま意識を手放した。



「ーーなまえ、起きて。もうすぐ始まるよ」

「……ん……いざや……?」

臨也の声が聞こえてきて、ゆっくりと目を覚ました。数秒間ぼんやりとして、自分が眠ってしまった事に気付いた。
座ったまま眠ったおかげで浴衣は崩れていなくて、それはそれで良かったけれど、時計を見て慌てて立ち上がる。

「あ、ごめんなさい……すぐ準備するから……!」

「安心して、もう出来てるよ」

「え? ……あ……、ありがとう……」

臨也に言われるまで気付かなかったけれど、テーブルには私が準備した料理や飲み物が並べられていた。私は準備までしかしていなくて、仕上げは臨也がやってくれた。申し訳ない気持ちになりつつ、ごめんよりもありがとうと口にした。

すると隣に座っている臨也が満足そうに笑い、私が座っていたスペースを片手でぽんぽんと叩いた。座るように促されて、大人しくそこに座り直す。

「……さて、そろそろ始まるね」

「楽しみだね」

私達は今浴衣を着ている。今日は花火大会があるからだ。

ただし、会場に行って直接花火を見る事はしない。花火大会の様子が生中継されるから、テレビで花火を見る。

「浴衣、新調しなくて良かったの?」

「うん。滅多に着ないし、全然汚れたりしてないから。それに、すごくお気に入りだから」

去年と同じ質問を投げ掛けられて、去年と同じ答えを返す。

私の浴衣は紺地に桜の模様が描かれていて、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
臨也の浴衣は黒地で柄は無く、シンプルなものだ。柄物も似合っていたけれど、臨也の希望でこの浴衣になった。
二人で浴衣を選びに行って、色々な浴衣を見たり着たりして楽しかったな。

「そう。……毎年思うけど、よく似合ってるよ」

「……っ、ありがとう……臨也もすごく似合ってる」

真剣な表情で紡がれた言葉は嬉しいけれど少し照れてしまう。私も臨也の浴衣姿についての感想を伝えて、甘えるように擦り寄ろうとすると、

ーードーン!

「あっ」

テレビから大きな音が聞こえて、すぐにテレビに視線を移すと、大きな花火が夜空を彩っていた。

「わぁ……すごい……」

「始まったね。食べながら見ようよ、いただきます」

「いただきます」

挨拶をしてから箸を持ち、湯気が立っている料理を食べ始める。今日の夕飯は、花火大会だからお祭りの屋台を意識して焼きそばと唐揚げをチョイスした。

「……この花火大会は相変わらずすごい規模だねぇ。こんなに花火を打ち上げられるなんて」

「そうだね……。あ、ハート形の花火だ」

時々変わった形の花火が打ち上がり、それを見るのも楽しかった。星形やキャラクターの形もあった。

ご飯を食べ終える頃には花火の数が減ってきて、生中継を行うアナウンサーが少し休憩すると告げた。その間にお手洗いを済ませようと少し席を外す。

「ふぅ……」

浴衣は好きだけれど、普段着より動きが制限されるのはちょっと困るな。

生中継のおかげで部屋でゆっくりと花火を見る事が出来るのはすごく助かる。すごい人混みだから、疲れちゃうし。でも、本当はやっぱり間近で花火を見たい。その方が綺麗だから。

以前は浴衣を着て、花火を見に行っていたけれど、ある年を境にそれは出来なくなった。

私がぼんやりしていたせいで、知らない男の人に何処かに連れて行かれそうになって、臨也がすぐに助けてくれたから何事も無かったけれど、浴衣で出掛けるのは駄目ってなっちゃったんだよね……。
いざという時に動きが制限されるから、って。臨也の言う事はもっともだから、私は了承した。

ただ、浴衣を着て花火を見るのは止めたくなくて、二人で考えた結果、今の形に落ち着いた。

「なまえ、休憩終わりそうだけど」

ぼんやりと考えながら手を洗っていると、臨也がそう教えてくれた。思っていたよりもぼんやりとしていたみたいで、手を拭いて慌ててソファに戻る。

「ほら、デザートだよ」

「ありがとう、臨也」

白色のビニール袋から何かを取り出して、私に渡してくれた。赤色のそれは、私の好きないちご飴だった。臨也の隣に座り、包みを外して、いちご飴を口に含む。

「ん、美味しい」

「俺はりんご飴にしたんだけど、これもちょっと食べる?」

「ううん、いちご飴だけで十分だよ」

臨也も包みを外して、小さなりんご飴を舐めていた。浴衣姿でりんご飴を食べる姿も格好良い。一人占め出来る事が嬉しくて、頬が緩むのが自分でも分かった。

「どうしたの、ニヤニヤして」

「……っ、……幸せだなぁと思って……」

人間観察が好きな臨也がそんな私の様子に気付かないわけがなくて、すぐに指摘された。何だか気恥ずかしくて、理由を少しぼかしておいた。

「……そうだね、俺もこうやってなまえと過ごせて、幸せだよ」

膝に置いていた私の左手に臨也の右手が重ねられた。嬉しい事を言ってもらえて、幸せな気持ちで満たされる。

「……ありがとう……」

そのままお互いに黙って飴を食べながら、花火を見る。臨也の方が先にりんご飴を食べ終わり、私の左手に重ねていた右手を私の肩に回して、そっと抱き寄せられた。いちご飴を食べ終わってから、臨也に少し体重を預ける。

「……花火、もう少しで終わりそうだね」

「うん……早いね。もっと見たかったな……」

臨也がそう言うと、生中継を行うアナウンサーがもうすぐ終わりだと告げた。それを聞いて、楽しさより寂しさが大きくなり、本音をぽつりと漏らす。

「また来年一緒に見よう」

「……ありがとう。約束だよ」

そんな私の心中を察したかのような臨也の言葉が嬉しくて、臨也の頬にそっと口付ける。

「……なまえ、キスしてくれるなら、こっちの方がもっと嬉しいんだけど……」

「……ん……」

最後の花火は一際大きく、画面いっぱいに広がった。

ーーけれど私はそれを見る事が出来なかった。
そのタイミングで、臨也が私の唇を奪ったから。臨也の両手が私の両頬に添えられたのは一瞬の出来事で、少し驚いた。

「……っ、……あ……」

すぐに離れると思っていたのに、そうではなく、私が唇を薄く開けるとすぐに臨也の舌が入り込んできた。舌を絡め合い、お互いを求め合う。
深いキスに夢中になっていたけれど、臨也のように上手く呼吸する事が出来なくて息苦しくなり、臨也の浴衣をぎゅっと握り締める。

「……は、……なまえ、大丈夫?」

「……う、うん……」

私の状況に気付いた臨也が唇を解放してくれて、少し乱れてしまった呼吸を整える。いちご飴とりんご飴の味が混ざって甘いキスだったなぁなんて呑気な事を考えていると、間近にある臨也の目がすっと細くなった。

「……なまえ」

「な、何……?」

次に臨也が紡ぐ言葉が何となく、いや、はっきりと予測出来た。私と同じ色のその瞳に、熱がこもっているのが分かったから。

「……花火も終わったし、二人で気持ち良い事しようよ」

瞳だけではなく声にも熱がこもっていて、呼吸が整ったばかりなのに、また鼓動が速くなった。両頬には臨也の両手が添えられたままで、右頬を手のひらに擦り寄せて、小さな声で返事をする。

「……うん、したい……」

「此処だとゆっくり脱がせられないから、移動しよう。掴まって」

臨也はさっと私から離れてソファから立ち上がり、浴衣を着ているにも関わらず軽々と私を横抱きにした。私は落ちてしまわないように、臨也の首に腕を回してぎゅっと抱きつく。

来年もまたこの浴衣を着て臨也と一緒に花火を見る事が出来ますように。





◆170916







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