明日は雪かもしれない
「うーん……今日は風が強いね。これじゃあ、すぐに火が消えちゃう。どうしよう……。」
「……。」
池袋のある廃ビルの屋上に男と女が居た。時刻は23時を回っており、廃ビルの周囲に人気は少ない。
男は転落防止のために設けられている柵に背中を預けて、しゃがんで何かしている女の行動を見ている。女は男の視線を気にすることなく、独り言を呟いた。
女が風の強さを気にしている理由ーーそれは、女がそれぞれの手に持っているローソクとライター、そしてコンクリートの上に置かれているホールケーキから推測することが出来た。もちろん、ケーキが直接コンクリートの上に置かれているわけではない。ケーキは白い箱の中に入っている。
「ローソク無しでも良いかな?」
「……そもそも、外でホールケーキを食べる意味が分からないんだけど。」
女は男ではなくホールケーキを見つめて問い掛ける。男は肯定も否定もせず、呆れたように思っていたことを吐き出した。
「えー、だって折原君がお家に上げてくれないから悪いんだよ? せっかくお家まで行ったのに。ケーキを運ぶのって大変なんだから。」
「俺の家、なまえには教えてなかったはずなんだけど。」
「岸谷君が教えてくれたよ? 『折原君のお誕生日をお祝いしたいから、お家を教えて。』って言ったら地図付きで教えてくれたの。」
「あの変態め……。」
女ーーなまえは近くにいる男の方へと顔を向けて、拗ねたように頬を膨らます。その行動は年相応とは言えないものだが、男ーー臨也はそれについては何も言わず、なまえが誰から自宅の住所を入手したのか遠回しに尋ねた。すると、なまえの口から共通の友人の名前が出たため、悪態をついた。
「それは折原君もでしょ。」
「……そう言うなら、その変態を祝おうとするなまえも変態ってことになるけど、良いの?」
「私はノーマルのつもりなんだけど……はい、フォークどうぞ。」
間発入れずに指摘され、少しだけムッとしてなまえも仲間にしてしまおうとする臨也。なまえは軽く否定して、プラスチックのフォークを臨也へと差し出した。
「……はぁ、なまえは学生時代から言い出したら聞かないからね。クルリ達の相手をしているような気分になるよ。」
「折原君、九瑠璃ちゃんと舞流ちゃんには弱いよね。」
「言っておくけど、仕方ないから付き合ってあげるだけだからね。」
臨也の妹達と面識のあるなまえは、臨也が妹達と口喧嘩していたところを思い出して小さく笑う。臨也はあまり気は進まないがさっさとケーキを食べて自宅に帰ろうと考えながら、なまえの側に歩み寄りフォークを受け取る。
「あ、そうだ、ローソクは“21本“で良かったよね?」
「……俺の実年齢知ってるだろ。同級生なんだから。」
「だって、折原君は永遠の21歳なんでしょ? 矢霧さんが『あいつって本当に馬鹿よねぇ。』って言ってたよ。」
なまえがした臨也の秘書である波江の真似はよく似ていた。それが臨也の神経を逆撫でするような行為だと理解しているなまえは笑みを浮かべている。対する臨也は溜め息を漏らし、数秒何かを考え込むような素振りを見せ、“思い当たったこと“を口にした。
「……今年のなまえの誕生日を祝わなかった仕返し、かな?」
「……折原君、すっかり忘れてたでしょ? だからちょっと意地悪したかったの。それで、ローソクは何本にする? 21本?」
臨也の予想はずばり当たったらしい。学生時代からお互いの誕生日を祝う不思議な習慣があったが、仕事が立て込んでいた臨也は今年だけすっかり忘れてしまったのだ。そしてなまえはそれを指摘しなかった。臨也も今まで思い出すことはなかった。
「そんなに刺したらケーキが見えなくなるじゃないか。それに、火がつかないなら、刺す意味ないから要らないよ。」
「刺した方が雰囲気出ると思うけど……折原君が要らないって言うなら刺さないでおくね。あ、雰囲気出ると言ったら……歌う? 歌おうか?」
「……遠慮しとく。ケーキさえ食べれば良いんだろ?」
「もう……。じゃあ切るからちょっと待って。」
投げやりな返事に不服そうに口を尖らせるなまえだが、ケーキを食べてくれるならそれで良いかと考えて、プラスチックのナイフでゆっくりとケーキを切り分ける。一人分に切り分けたケーキを紙皿に載せて、それを臨也へと差し出した。
「……切るの下手だね。」
「包丁じゃないから綺麗に切れないんだよ。」
少し崩れてしまっているケーキを見て文句を言いながらも紙皿を受け取った臨也は、そのままコンクリートに座り込む。なまえも自分の分を紙皿に載せて、コンクリートに座り込む。
ちなみに飲み物は自動販売機で買ったものだ。臨也はホットコーヒーの缶を、なまえはホットミルクティーの缶を片手に持ち、グラスに見立てて乾杯のように缶を軽く合わせる。
「お誕生日おめでとう、折原君。」
「……はいはい。」
夜遅くに廃ビルの屋上で男女がケーキを食べる様子は普通ではなかったが、“普通ではない二人“が気にすることはなかった。
「……なまえに祝われるの、嫌いじゃないよ。だから来年も祝われてあげる。」
紙皿に載せられたケーキを食べ終えた臨也は、小さな声でぽつりと呟いた。その瞬間、一際強い風が吹いたが、臨也らしい言い方であるものの臨也らしくない言葉をしっかりと聞いたなまえは小さく笑って頷いた。
Happy Birthday !
◆170506
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