party time B
「ふぅ…。四木さん、いらっしゃるかな?」
やたらと愛想を振りまいていたように見えた折原さんとのパーティー潜入を終えた私は一旦自宅に戻り、黒のドレスから普段の黒のパンツスーツに着替えた。変装用のウィッグも取った。化粧は落とせないから、そのままだ。
短時間で簡単な報告書を作り、上司である四木さんに電話を掛ける。
『もしもし。』
「お疲れ様です。今、お時間宜しいでしょうか?」
『えぇ。ですが、直接聞きたいので、事務所まで来ていただけますか。』
疑問符は付いていない。つまり、拒否権は無い。私としては四木さんの顔を見たかったから、全く問題無いのだけれど。
「かしこまりました。すぐに伺います。失礼します。」
用件を済ませてから電話を切り、報告書を鞄に入れてから、自宅を出て四木さんの居る事務所に向かう。私は車を持っていないから、普段は徒歩かタクシーで行くが、今日は少しでも早く会いたくてタクシーを使うことにした。
タクシーを拾い、後部座席に乗り込んで、深い溜め息を漏らす。何だかとても疲れている気がする。
それもこれも、自宅までのタクシー内で折原さんが散々四木さんとのことをからかってきたせいだ。思い出すと腹が立つ…!
俺は人間が好きだから、なまえが四木さんに恋心を抱いているのを見ているのは楽しい、とかなんとか言ってたっけ…。
四木さんはとっくに私の気持ちを知っている。応えてはくれないけれど、それで良い。私なんかが四木さんとお付き合いするなんてことは許されないし、部下として近くに居られればそれで良い。
そう思い込もうとしているにも関わらず、折原さんはそんな私を嘲笑うかのような言葉ばかり投げ掛けてくる。なので私の折原さんへの態度が悪くなるのも仕方ないことだ。
「…はぁ…。」
ぐるぐると考え込み、車内で二度目の溜め息を漏らすと、ちょうど四木さんの事務所の近くに居ることに気が付いた。私ごときが事務所の前でタクシーから降りるわけにはいかない。
「すみません、ここで降ります!」
支払いを済ませてタクシーから降りて、事務所までの少しの距離を歩く。
あぁ、ちゃんと気持ちを切り替えないと。この前散々失態を見せてしまったのだから、ここで払拭しておかないとまずい。
一度深呼吸をしてから、私は事務所に入っていった。
♂♀
「パーティー会場にて裏が取れました。やはりあの政治家は、明日機組と繋がりを持ち始めたようです。」
「…そうですか。」
私が作った簡単な報告書に目を通した四木さんからは感情が読み取れない。満足しているのか、怒っているのか、何を考えているのか全く分からない。
「ご苦労様でした。この話は私から上に通しておきます。」
「ありがとうございます。」
四木さんからの労いの言葉が何よりも嬉しい。苦手な折原さんとの仕事を頑張った苦労が報われた。…なんて油断するのはまだ早い。
「…念のために確認しておきますが…素性がバレた、なんてことはありませんね?」
「…はい、念入りに変装しました。折原さんの方も大丈夫かと。」
途端に鋭い眼差しを向けて、いつもより低い声で問い掛けてくる四木さんに対して、しっかりと頷いて見せた。大丈夫、ちゃんと変装したもの。
「それなら構いませんが。…あまり気にしないでください。」
「はい。」
「…それでは約束通り、食事の話を決めましょうか。」
四木さんによって張り詰めた雰囲気は、四木さんによって少し穏やかな雰囲気に変わった。
「…は、はい…。」
「何処か行きたいお店はありますか?」
四木さんとなら何処へでも…、とは言えない。一応考えていたお店を挙げる。
「最近出来た和食のお店なんですけれど、良いですか?」
「ええ。いつが良いですか?」
「…そうですね…私はいつでも空いてますから、四木さんのご都合の良い日にお願いします。」
思っていた通り、和食は苦手じゃないみたいで良かった。…四木さんがさくさくと話を進めてくれるから楽だなあ。いや、手抜きしているとかそんなんじゃなくて…!
「分かりました。スケジュールを確認して、連絡します。」
「ありがとうございます。」
四木さんとの食事が楽しみで、私はお礼を言い、微笑を浮かべた。
ーー私は、四木さんが好きだ。
四木さんの役に立つために、大抵のことはやってのけてみせる。今までも、これからも。だから、少しでも長く、側に置いてほしい。
◆161230
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