伝えたい気持ち


「……大丈夫ですか? なまえ先輩」

「……うん、大丈夫だよ」

すっかり温くなってしまった缶ジュースを片手に持ちながら、隣に座っているなまえ先輩の方に顔を向けて問い掛けると、なまえ先輩は悲哀の色を混じえた笑みを浮かべた。言葉と表情が合っていない。

「なら、“それ”、捨てられますか?」

それとは、なまえ先輩が右手で握り締めているネックレスのことだ。デートの時に彼氏に買ってもらったのだと、嬉しそうに話していたことを思い出す。
俺の問い掛けに対して、なまえ先輩は眉を下げた。どうやらまだ決意出来ないらしい。

「……捨てなきゃ、って……分かってるんだけど……」

「……捨てられませんか」

「……ん……」

別にいじめたいわけじゃない。ただ、なまえ先輩がそれを捨てない限り、なまえ先輩は前に進めない。俺も、進めない。俺はこのまま立ち止まり続けたくない。

「……もう別れて三ヶ月も経つのにね……」

「……」

ぼんやりとした瞳で、ぽつりと呟くなまえ先輩。向こうはとっくに新しい彼女を作って、毎日楽しそうに過ごしていますよーー、そう言おうと思ったけど、暗い表情をしているなまえ先輩に対してさすがに言えなかった。

あの男は何を思ってなまえ先輩に告白して、なまえ先輩を振ったのだろうか。あの男を傷付けてやろうと何度も思ったけど、その度になまえ先輩の悲しむ顔が浮かんで、結局何もしていない。

「ごめんね、青葉君。いつまでもこんな話聞かせちゃって……」

「……いえ、俺が勝手にしてるんですから、気にしないでください」

「青葉君は優しいね」

なまえ先輩は俺が色々とやっていたことを知らない。知ってほしくもない。だから俺は、優しい後輩を演じている。ま、それほど難しいことじゃないけど。

「……青葉君は、好きな人いるの?」

「いますよ」

すぐ隣に、と心の中で呟き、笑みを浮かべた。
さり気なくアピールを続けてきたものの、失恋に浸っているなまえ先輩には気付いてもらえなかったみたいだ。

「それなら……私なんかに構ってる場合じゃ……」

「……さっきも言いましたけど、俺が勝手にしてるんですから、気にしないでください」

「でも……」

「……なまえ先輩がどうしても気になるって言うなら、一つお願いがあるんですけど」

「何かな? 私に出来ることなら協力するよ」

俺に頼られたと思ったのか、少しきりっとした表情に変わったのを見て、思わず吹き出しそうになったのをぐっと堪える。そして、少し緊張しながら、“あること”を口にした。

「……いつでも良いんですけど、俺の家の近くに新しくカフェが出来たので、一緒に行ってください」

出来れば、なまえ先輩が失恋を吹っ切れてからがベストだけど。

「うん、良いよ。青葉君の都合の良い日に行こうか」

柄にもなく少し緊張したというのに、なまえ先輩はあっさりと首を縦に振った。それは嬉しくもあり、寂しくもある。だって、俺のことを優しい後輩としか思っていないのが伝わったから。

「……」

「青葉君……?」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、また連絡しますね」

「楽しみにしてるね」

黙り込んでしまった俺を心配そうに見つめるなまえ先輩。ああ、今すぐ好きだと伝えれば、俺を優しい後輩ではなく、一人の男として見てくれるだろうか……なんて、考えるくらいにはダメージを受けた。
でも、何とか自分の感情をコントロールして、誤魔化すように温くなってしまったジュースを一口飲み、返事をした。

「……そろそろ暗くなってきましたし、帰りましょうか。家まで送りますよ」

「……ありがとう、でも大丈夫。家はすぐそこだから、一人で帰れるよ」

もちろん知っている。ここはなまえ先輩の自宅の近くの公園で、今日たまたまここを通りがかったら、なまえ先輩が一人でベンチに腰掛けているのを見掛けて、放っておけなくてその華奢な背中に声を掛けた。

「……分かりました。でも、もし何かあればすぐに連絡してくださいね。飛んでいきますから」

「ふふ、分かった」

冗談半分のような言い方をしたけど、これは冗談じゃない。なまえ先輩が助けを求めてきたら、俺は本当に飛んでいくつもりだ。

なまえ先輩がベンチから立ち上がったので、俺もゆっくりと立ち上がり、公園の出口に向かって歩き出そうとすると、なまえ先輩に名前を呼ばれた。

「青葉君」

「何ですか?」

「……青葉君が話を聞いてくれて、心が軽くなってるの。まだ……もう少し時間が掛かりそうだけど……本当に、ありがとう」

なまえ先輩はそう言って柔らかな笑みを浮かべた。なまえ先輩の後ろに見える夕焼け空よりも、なまえ先輩の笑顔の方が綺麗で、一瞬言葉が出なかった。

「……それなら、良かったです」

小さな声で返事をして、公園の出口に向かって歩き出す。

なまえ先輩があの男との過去を清算出来たら、俺の気持ちを伝えよう。早く、その時が来ますように。





◆170819







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -