お見送り
「……じゃあ、またね」
「うん」
離れたくない気持ちでいっぱいだけど、何とか別れの言葉を告げると、臨也はあっさりと頷いた。そして何故か営業スマイルを浮かべている。
「……浮気しちゃ駄目だよ」
「えー、しないしない」
「……」
「しないって言ってるのに全然信じてないねえ?」
営業スマイルが気に入らなくて、冗談半分にぽつりと呟いたら、軽い調子で返事をされた。ひらひらと片手を振る様子を見ても到底信じられない。信用が無いのは臨也の日頃の行いのせいだと思う、間違いなく。
「俺としてはなまえの方が心配なんだけど?」
「しないよ、浮気なんて……」
まさか自分に返ってくるとは思わなくて、思わずきょとんとしてしまい、小さな声で否定した。第一、臨也が相手なら浮気をするまでにバレる、確実に。私に関する情報もしっかり集めているのはとっくに知っているから。
「なまえは結構隙だらけだからなぁ」
「……そんなことないよ、臨也みたいにぴりぴりしてないだけだよ」
「俺は気を抜けないんだよ。……なまえみたいにのほほんと過ごせないから」
「……のほほん……」
これは馬鹿にされているのかな……別に良いけど。こんなことで、こんなところで喧嘩なんてしたくないし。
私達は今新幹線のホームに立っている。新幹線に乗るのは私だけで、行き先は大阪だ。臨也と違って普通の会社で働いている私は、数日前に上司から大阪にある関連会社への出向を命じられた。出向期間は、一年だ。
指定席を取った新幹線は数分前に到着していて、あと五分で発車してしまう。つまり、臨也と過ごせる時間はもうほとんど無い。
「その間抜け顔もしばらく見れないと思うと少しは寂しいかもね?」
「……臨也は喋らなかったらモテるのにね」
「大丈夫、喋ってもモテるから」
のほほんは我慢出来たけど、間抜け顔はさすがに黙っていられなかった。常々思っていることを口にすれば、人の神経を逆撫でするような言葉が返ってきた。
あれ? 私、一応臨也の恋人なんだよね? 当分会えない恋人に対してこんなことを言うのは普通なのかな……。
喧嘩なんてしたくないのに、何だか負の感情が湧き上がってきて、一旦落ち着くために大きな息を吐き出した。
「そろそろ乗りなよ。乗り過ごすよ」
ホームに乗車を促すアナウンスが流れて、臨也にも乗車するように促された。
え、こんなすっきりしない気持ちで別れなきゃいけないの? なんて考えていることは分かっているはずなのに、臨也はほらほらと言いながら私を車両へと押し込んだ。細いけど私より力が強いため抗えず、私は新幹線に乗り、臨也はホームに立っている。
「いざ、」
名前を呼ぶ途中でドアが閉まってしまった。そしてそのまま新幹線は動き出し、ホームはあっという間に遠ざかった。
「……もう……」
その場に立っていても仕方無いので、肩に掛けていたボストンバッグを片手で持ち指定席に向かう。
ホームで抱き合うなんて高望みはしないから、もう少し優しくしてくれても良いんじゃないかな……って、臨也相手にそんなことを考えるだけ無駄か。
指定席は二列シートの窓側で、廊下側には誰も居なかった。ボストンバッグを棚に上げて座席に座ると、カーディガンのポケットに入れていた携帯電話が振動し、メールの受信を告げた。
「ん……?」
着信音は切っているから、誰からのメールか分からない。携帯電話を取り出してメールを確認すると、
「……え……」
『ヘマしたらこっちに戻ってこれるかもしれないけど、まぁ仕事頑張って。俺が暇な時は電話してあげても良いよ』
差出人は臨也だった。本文も臨也が言いそうなことだ。
「ヘマしたらは余計だよ……」
思わず一人言を呟いてしまい、苦笑が漏れた。メールが来るまでは当分すっきりしない気持ちで居なきゃいけないと思っていたのに、この文面を見たらさっきのやり取りなんて気にするのは馬鹿馬鹿しくなった。
相変わらず素直じゃない臨也に返信しなきゃね。
◆170727
←