03
5月3日 池袋 折原家実家ーー
「今日は楽しかったね、ナマエ姉、クル姉!」
私達は近くのスーパーで夕飯の買い出しをしてから実家に戻った。ナマエ姉がドアを開けてくれて、食材がたくさん入った買い物袋を玄関に置き、二人に声を掛ける。
「びっくりした事もあったけど……二人と過ごせて楽しかったよ」
「同(私も)……」
ナマエ姉の言うびっくりした事は、万引き犯が取り押さえられたことかな? 私としては面白かったんだけど……これは黙っておこうっと。
靴を脱いで家に上がり、買い物袋をキッチンまで運ぶ。食材を入れるために冷蔵庫に近寄ろうとすると、ナマエ姉が言葉で私の動きを制止した。
「ありがとう、まいちゃん。ご飯作るから、二人はお風呂に入っておいで」
「でも……ナマエ姉に任せきりで悪いよ」
「助(手伝いたい)」
「うーん……気持ちは嬉しいけど、三人立つとちょっと狭くて……。そんなに凝ったものじゃないし、大丈夫だよ」
「……分かった、じゃあお風呂に入ってくるね」
困ったように笑うナマエ姉にそう言われると、強くは言えない。私はクル姉の手を引き、キッチンを後にした。
♂♀
ちゃぷん。手を動かすと、そんな音がした。
私はクル姉と一緒に湯船に浸かっている。今日の出来事を思い出したら、自然と溜め息が漏れた。
「はぁ……」
「……何(どうしたの)?」
「んー……ナマエ姉、やっぱり元気無いなーって思って……」
隣に居るクル姉が不思議そうに小首を傾げたので溜め息の理由を説明して、現状について考える。
私達は今、ナマエ姉と一緒に実家で生活している。今日からではなく、5月1日から。
何故そうなったかというとーー4月の半ばに、イザ兄からかかってきた電話が原因だ。
『やあ。お前達にちょっと頼み事があるんだ』
『……イザ兄の頼み事って、基本的にナマエ姉関係だよね』
『話が早くて助かるよ。実はさ、少しの間、なまえと一緒に居てほしいんだ』
『私達は全然問題無いけど……いつから?』
『今回は少し長めでね、5月1日から……そうだな、ゴールデンウィークが明けるまでかな』
『二人がそんなに離れるの、久しぶりなんじゃない?』
『あぁ、二人で暮らしてからは初めてかもね』
『寂しくて死んじゃったりしない?』
『……なまえがそうならないように、お前達に頼んでるんだよ』
『まぁ……イザ兄は全然平気か……』
『別に全然平気なわけじゃないさ。ただ、仕方無いからね』
『……ナマエ姉をほったらかして遊び呆けるなんて最低』
『連絡は取るし、なまえも了承してるよ』
『良いよ、イザ兄の事なんか忘れちゃうくらい、ナマエ姉とラブラブするから!』
『変な事はするなよ。あと、くれぐれも余計な事は言わないように。分かったな?』
『……頼み事する人の言葉とは思えないよ。でも、他ならぬナマエ姉の為だもんね』
『なまえも喜ぶよ。じゃあな』
ナマエ姉と過ごせるのは嬉しい。ナマエ姉もそう思ってくれてると思う。
でも、予想通り、ナマエ姉の元気が無い。ナマエ姉はいつも通り振る舞ってるつもりかもしれないけど、私達には分かる。原因はイザ兄が側に居ないからだろう。
「……イザ兄ったら、何してるんだろ」
「恐(きっと)……常(いつも通り悪いことしてる)……」
「あはは、だよねー。ナマエ姉を巻き込まないように、こうやって私達に預けてくるのは良いんだけど……」
イザ兄は、自分がナマエ姉を守り抜く自信が無い時にナマエ姉を私達に預けてくる。ナマエ姉を寂しがらせない為っていうのはあくまで表向きの理由で、本当はそういう理由だと思う。イザ兄から直接聞いたわけじゃないけどね。
ナマエ姉の事は、私達が守らなきゃ。ナマエ姉の為にも、イザ兄の為にも、私達の為にも。
「姉(姉さんは)……護(私達が守ろう)……」
「うん。……さてと、そろそろ上がろっか。お腹空いちゃった」
同じように考えていた事を知ってさすが双子だなと思いつつ、湯船から立ち上がる。浴室を出るとキッチンから良い匂いが漂ってきて、ぐうとお腹の音が鳴った。
◆170829
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