01
いつもと同じくらいの時間になまえが目を覚ますと、隣のスペースは空いていた。
昨日カフェの前で別れる際に、今日は遅くなると思うと言われていたが、もしかして帰ってきていないのだろうかとぼんやりと考える。ベッドから起き上がり、ふらふらとした足取りで寝室を出て一階に視線を向けると、
「…!?」
片目の瞼が大きく腫れ、その周囲に青あざが色濃く広がっている臨也がデスクの椅子に座っていた。まだ殴られてからあまり時間が経っていないため、波江が見たときとほとんど同じ状態だ。
なまえは驚きのあまり声が出ず、双眸を見開いてその場に立ち尽くした。そんななまえに気付いた臨也は、苦笑を浮かべて椅子から立ち上がり、なまえに近付いていく。
「…ど、うしたの、その目…。」
「ちょっと喧嘩に巻き込まれちゃってね。」
「え、喧嘩って…、巻き込まれた…?」
臨也が側に来ると、なまえは臨也の顔をまじまじと見つめながら小さな声で問い掛けた。サイモンに殴られたと言えば理由を説明しなければならなくなるため、臨也は言葉を濁して答えた。
「と、とにかく…病院に行かなきゃ…!」
「脳出血の症状は無いから大丈夫だよ。見た目は酷いことになってるけど。」
「でも…!」
すっかり眠気が吹っ飛び、どうしたものかと慌てているなまえに落ち着いた口調で話すが、なまえは安心せず、とても心配そうな眼差しを臨也に向けた。その目に負けてしまい、溜め息を吐く臨也。そして、友人の名前を挙げた。
「…分かった、後で新羅に診てもらうから。それで良いだろ?」
「…約束だよ。」
臨也が怪我をすることはあまり無いからこそ、心配で堪らないなまえは右手の小指を差し出した。それを見た臨也は苦笑して、右手の小指を差し出して、なまえのそれと絡めた。
「指切りげんまん、嘘吐いたら、…。」
「吐いたら?」
「うーん…、…水族館に行ってもらう!」
リズムに合わせて途中まで紡がれた言葉が途切れ、臨也が続きを促すと、数秒考え込んだ後になまえは自分の願望を口にした。その可愛らしさに頬を緩めると、
「…そんなので良いの?」
「う…、だって、臨也に酷いことなんて出来ないもん…。」
「…!」
更に可愛らしいことを言われてしまい、今度は臨也が言葉を失ってしまった。
「臨也…?どうしたの?目、痛い?」
「…いや、なまえがあまりにも可愛くてどうしようかなって思ってたところだよ。」
「…?」
臨也は素直な気持ちを告げたものの、なまえはよく分からず小首を傾げた。空いている方の手でなまえの頭をぽんぽんと撫でて、臨也の方から指を離した。
「約束はちゃんと守るから、心配しないで。」
「…うん。分かった。」
指切りをして少し安心したなまえはようやく笑顔を見せた。そして同時に、なまえの腹の虫が鳴ってしまった。すぐに恥ずかしそうにお腹を押さえるも、ばっちりと聞こえた臨也は楽しそうに笑う。
「…あ…。」
「…朝ご飯、作ってくれるかい?」
「支度したらすぐに作るね。」
ーー臨也が怪我をしたことを除いて、いつもと同じ、穏やかな朝が始まった。
◆161124
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