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深夜 新宿中央公園 富士見台六角堂ーー

中央公園の一角にある、六角形の屋根をした木々に囲まれた小さな御堂。丑三つ時を越えるか越えないかという時刻。そんな中、区民の森の小高い丘の上でーー二つの人影が音も無く対峙する。

法螺田の後輩として横に居たはずの比賀から拳銃を受け取った臨也は嬉しそうに比賀と会話をしていたが、突然比賀がくるりと踵を返して、誰かに声を掛けた。

そして比賀と入れ替わりで、深夜の公園には似合わない制服姿の少女が現れた。

「あの、あなたが…折原…臨也さんですね。」

遠慮がちに喋る眼鏡の少女に対し、臨也は少し嬉しそうに笑いながら語り掛けた。

「ああ、園原杏里ちゃん…"罪歌"って呼んだ方が良いのかな?いや、乗っ取られてないからやっぱり杏里ちゃんで良いか。こんな時間に何の用?」

杏里は表情を引き締めて、掌から銀色の刃を取り出した。居合いを思わせる滑らかな勢いで、一振りの刀が臨也の眼前に現れる。

「あなたのことを…斬らせて貰います。」

かつては"罪歌"の"子"を、そして今回はダラーズや黄巾族を操って、自分の周囲を混乱に貶めた黒幕。杏里はその黒幕を"支配"すべく、刀を構えて目の前の男と相対する。

「どうして…どうしてこんなことをしたんですか…。紀田君と…竜ヶ峰君を巻き込んで。」

「うーん…俺は別に何もしてないよ?後押しすらしてない。ただ、案内標識を出してあげただけなんだけど…そうだねえ、敢えてその行為に理由を付けるとするなら…。」

当然とも思える杏里の問い。しかし、臨也は今日の昼食のメニューを尋ねられたときのように、非常に軽やかな調子で答えを返した。

「好きだからさ。人間がね。」

「…?」

相手の意図が分からず首を傾げる杏里に、臨也は両手を広げながら楽しげに言葉を紡ぐ。

「そう、人間が好きなだけさ。美徳も悪徳も平等にね。嫌いなのは平和島静雄ただ一人だよ。だから俺は、人間の色々な面が見たかったのかもしれないね。…さて問題です。今の答えは、本当でしょうか嘘でしょうか…?」

からかうような調子の臨也に、杏里は静かに目を細めーー

「あなたを…支配すれば分かりますから…。」

普段の杏里からは考えられない程に厳しい声を出しながら、鋭い動きで臨也に向かって飛び掛かる。初歩から刃を振るうに至るまで、無駄の無い動作で刃の軌道が流れていく。鞘の無い居合いを思わせるその動きは、臨也の距離感を微妙に狂わせたはずだった。

だが、それを見越していたのか、臨也は臆病とも受け取れる程に早く飛び退り、六角堂の中から草むらへと降り立った。

「…ある種の居合いは、速さよりもむしろ距離感を狂わせる剣術だっていうけど…本当だね。」

臨也は素直に感嘆の声をあげながら、再び刃を構えた杏里に対して挑発の言葉を投げ掛けた。

「さて…君はどうなんだい?本当に平穏で幸せな毎日を手に入れたいなら、その刀で君の知り合いをすべて斬ってしまえば良いじゃないか。君が女王となって、それこそ平和な世界でも手に入れられるだろうに。」

「そんなのは…そんなのは違います…!私は…誰かを愛することは出来ないですけど…それでも、それは間違ってると…思います。」

「おやおや、それなら、帝人君と正臣君、どちらからも好意を寄せられながら…未だ答えをはっきりさせない君の態度は、果たして正解と言えるのかい?」

「…。」

黙り込む杏里に、臨也は別の言葉を投げつけた。

「っていうか、俺を斬っちゃったら、なまえが悲しむと思うけどなー。」

「えっ…?」

臨也の口からなまえの名前が出たことに、杏里は素直に驚いた。その様子を見て、臨也は確信した。

「知らないみたいだから教えてあげるけど…なまえは俺の双子の妹だよ。」

「…そう、ですか…。」

「ちなみに、なまえが君を助けようとしたのも、君や紀田君とお茶をしたのも、なまえの意思だよ。俺としては、接触してほしくなかったんだけど…。」

杏里が誤解をする前にと、臨也は説明を加えた。最後には自分の気持ちを含ませて。

「まったく愉快な自己満足だね。君は自分が人を愛せないと思い込んで、それを理由に今の立場に満足しているだけじゃないか。罪歌が君の代わりに人間を愛してくれる?馬鹿馬鹿しい。その刀の呪いが人間の"愛"と同じだなんて、一体どうやって証明出来る?」

「黙って…ください…。」

尚も挑発の言葉を投げつけたところ、杏里から先刻よりも鋭い軌道で一撃が繰り出されたが、臨也はそれをナイフで強く打ち払った。そして杏里と距離を取り、片手に銃を、もう片方の手に銃弾らしきものが詰まった透明の袋をぶら下げて、挑発的に尋ねた。

「さて…今のやりとりの間に…俺は、この弾丸を銃にこめることが出来たでしょうか…?」

杏里は心を落ち着かせながら、相手の動きを読もうと意識を集中させる。しかしーー冷静な視線と構えを崩さない杏里を見て、臨也は静かに言葉を紡ぐ。

「ああ、言っておくけど、君は狙わないよ。」

「…?」

「比賀君を狙うから。」

「…!」

「ああ、それともその辺を歩いてるカップルが良いかな。」

臨也の視線は、杏里ではなくーーその背後、比賀が丘を下って歩いて行った方向に向けられている。

「本来は関係無い人間を巻き込んだとしてもーー君は人を愛せないんだから、大して心は痛まないかな…?」

凍り付く杏里に対し、臨也は淡々とした事実を打ち明ける。

「一つ言っておくけど…比賀君が斬り裂き魔事件の被害者だなんてことはとっくに知ってたよ。だけど、なんでそんな比賀君に、今回の拳銃回収を命じたと思う?」

それから呟かれた言葉はーー

「君だよ。君と、こうして話して…宣戦布告したかったからさ。」

杏里ではなく、その手の内にある刃へと向けられていた。

「僕も、人間をすごくすごく愛してるんだ。」

小さく微笑みながら、臨也は先刻の言葉を繰り返す。

「刀ごときに、人間を渡してたまるか。」

それは、まさに罪歌に対する、宣戦布告の言葉であった。

「人間はーー俺のものなんだから、さ。」

最後ににやりと笑いながら、臨也は一つ付け足した。恫喝とも取れる今までの言葉が、すべて冗談かと思えるような言葉を。

「ああ、でも君がご執心のシズちゃんだけは、俺は要らないからくれてやるよ。なるべく早くなます斬りにすることを祈ってるから、頑張ってね。…それじゃ。」

爽やかな笑顔と共に言いながら、臨也は何事も無かったかのように杏里に対して背を向けた。





◆161121







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