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ーー翌日、私は池袋に居た。臨也との"賭け"のために。
池袋を歩いていたら、知り合いに会えると思って昼前に出てきたんだけれど、今のところ誰も居ない。
よく考えると、皆の移動手段って車とかバイクとかだから、ただ歩いているだけじゃ会えないかな…。先に連絡しておくべきだったかもしれない…。
「はぁ…。」
「なまえ?何してんだ?」
自分の不手際に溜め息を漏らすと同時に、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。後ろを振り返ると、高校の同級生である門田くんと、門田くんの仲間の渡草さん、遊馬崎くん、狩沢さんの4人が立っていた。相変わらず仲良しだなぁ。
「なまえちゃん、今日はバイト?」
「って感じじゃなさそうっすね?」
「…うん。ちょっと、門田くん達に聞きたいことがあるんだけれど…今時間良いかな?」
「あぁ、構わねぇぞ。」
息がぴったりな遊馬崎くんと狩沢さんの言葉に小さく頷いて、私は目的を果たすために4人に時間を貰うことにした。
立ったまま出来るような話じゃないから、近くの喫茶店に入った、のは良いんだけれど…いざ話を聞こうとすると、一体何から聞けば良いのか分からなかった。
とりあえず飲み物だけ注文して、どう切り出すか悩んでいると、
「今日はイザイザとは一緒じゃないの?」
「あ…うん。臨也は仕事って言ってたから。」
狩沢さんが小首を傾げて問い掛けてきた。そして、私は出掛ける前の会話を思い出した。
【賭けの件だけど、なまえが今池袋で起こっている出来事について情報を集めることが出来ればなまえの勝ち、出来なければ俺の勝ち、ってのは良いよね?】
【…うん。】
【で、時間制限だけど…そうだな、今から4時間でどうかな?】
【分かった。】
【じゃあ決まりだね。何かあったら、すぐに連絡して。】
…そう言えば、私が負けたら、臨也から教えてもらえないのかな。確認するの忘れてたや。
注文した全員分のドリンクがテーブルに並ぶと、私はテーブルの下で拳を作り、表情を引き締めて話を切り出した。
「今、池袋で何が起こっているのか…教えてもらいたいの。」
「…そんなもん、臨也に聞けば一発じゃねえのか?」
「臨也は…教えてくれなくて。自分以外に聞くようにって。」
予想通りの言葉に苦笑いを浮かべるも、賭けの話は出来ない。門田くんは眉を寄せて、注文したホットコーヒーを一口飲んで、溜め息を吐いた。
「…まぁ、俺が知ってる範囲で良いなら話しても良いが…。」
「えー、なまえちゃんに話しちゃうの?ダラーズと黄巾族の話!」
「…ダラーズと黄巾族?…何かあったの?」
創始者のことと、初集会のことは少し知っているけれど…臨也が駄目って言ったから、私はダラーズに所属していない。ただ、門田くん達や、セルティがダラーズのメンバーなのは知っている。黄巾族のことも、少しだけ知っている。
「なまえさん、斬り裂き魔のことは知ってるっすか?」
「え…、…うん、少しなら…。」
まさかその名前を聞くとは思っていなかったので、ぎこちなく首を縦に振った。斬り裂き魔に襲われそうになったことを思い出したけれど、今はそのことを気にしていられない。
「実はさー、ダラーズも黄巾族も斬り裂き魔にやられたみたいなんだけどね、お互いがお互いを斬り裂き魔なんじゃないかって疑ってるみたいなの。」
「…そ、うなんだ…。」
「黄巾族に因縁をつけられて絡まれないようにしないといけないっすねぇ。」
狩沢さんがいつもの口調で説明してくれたけれど、その内容は明るいものではなかった。遊馬崎くんは困ったように言いながらも、何処か余裕そうに見える。
今池袋で起こっている出来事は、これだけなのかな?何となくだけれど、これだけなら教えてくれても良いのになって思う。…何か、私が知ったら良くないことがあったりするのかな。
「…他には、何か知ってる?」
「…んー、他って言われてもねぇ…。あ、そうだ、なまえちゃんさ、黄巾族のボスのことは知ってる?」
「…知らない。狩沢さんは、知ってるの…?」
注文した温かい紅茶に砂糖を入れてスプーンでかき混ぜながら質問すると、思わぬ質問が返ってきて、私はぴたりと手の動きを止めた。
ーー何となく、聞かない方が良い気がした。
明確な理由は無い。ただ、何となく。
私がそんなことを思っていると知らない狩沢さんは、やはりいつもの口調で黄巾族のボスの名前を告げた。
「なまえちゃんは知らないかもしれないけど、紀田正臣って高校生がボスなんだよ。」
「…紀田くんが…?」
やっぱり、直感は正しかった。
◆161109
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