08


20分後 臨也のマンションーー

「はぁ…。」

通話が終わり、携帯をデスクに置いてから俺は溜め息を漏らした。足を組み、思考を巡らせる。

ーーまさか、岸谷森厳がなまえに接触するとはね。

なまえに何を言ったのか知らないけど、きっと俺にとってプラスになることではないだろう。まあ、話の内容はなまえに聞けばいいか。

最近、ちょっと上手くいかないんだよなぁ。なまえに関してだけだけど。
池袋に居る以上、なまえが斬り裂き魔に遭遇するかもしれないっていうのは想定していたけど、本当に遭遇するとは思わなかったし。結局斬られはしなかったから、妖刀に操られることはなくて、それだけは不幸中の幸いだけどさ。

…せっかくついさっき紀田君にダラーズのボスについて教えて楽しくなってきたところなのに。

もう一度溜め息を漏らして、時計をちらりと見てから、近くで書類の整理をしている秘書に声を掛ける。

「波江さん、今日はもう上がってくれる?なまえがすぐ帰ってくるから。」

「分かったわ。」

波江さんは小さく頷き、書類を元の位置に戻してから、帰る支度を始めた。それはすぐに終わり、声を掛けてから5分も経たない内に、玄関に向かって歩いていた。

「お疲れ様ー。」

「…。」

俺の挨拶には返事をせず、波江さんは部屋から出ていった。



「ただいま。」

「おかえり。」

予想していた時間に、なまえは帰ってきた。椅子から立ち上がり、キッチンへと向かう。

「紅茶飲む?」

「うん。あ、冷蔵庫にプリンがあるから、食べよう?」

「あぁ。」

お湯を沸かす間に冷蔵庫を開けると、プリンが二つ入っていた。それを取り出して、食器棚からカップとスプーンを二つずつ取り出す。

「臨也は普通のプリンとチョコプリン、どっちにする?」

「普通のプリンにするよ。」

荷物を置いてコートを脱いだなまえがキッチンにやって来たので、プリンとスプーンを手渡す。お湯が沸き、ポットに茶葉を入れてから、そこにお湯を注いだ。カップに紅茶を入れて、なまえの居るソファにカップを持っていく。

「さて…何があったか、説明してくれるかな?」

「…岸谷くんのお父さんに呼び止められて…黄巾族の人達に絡まれて…、あ、黄巾族の人達はすぐに何処かに行ったよ。」

カップをテーブルに置き、なまえの隣に腰掛けて、なまえの顔を見ながら本題を切り出した。なまえは俺と目を合わして少し言いにくそうに、途切れ途切れに話してくれた。

その内容は、俺が知っているものと相違無い。ただ、俺が知りたいのはーー、

「…そう。何か言われた?」

「…、何も…。」

あえて誰にとは言わなかったが、なまえには伝わったらしい。俺から視線を逸らしたなまえを見て、嘘だと直感で分かった。分かりやすいんだから。

「ふうん…俺に嘘を吐くなんてね。お仕置きが必要かな。」

「え…。」

「…こうしようか、なまえが本当のことを言ってくれないなら、今から3日くらい、俺からキスをしない。」

一体何を言われるのだろうかと不安そうな眼差しを寄越すなまえに対して、俺はにこやかに笑って内容を告げた。

「…、や…やだ…。」

「別にキス禁止なわけじゃなくて、俺からしないってだけだよ。キスしたくなったら、なまえからすれば良い。」

「…う…。」

俺とのキスが好きななまえには、相当効くだろうと思っていたけど、効果は抜群みたいだ。…とはいえ、さすがに今にも泣きそうな顔をされると、罪悪感が生じるわけだけど…ここで引くわけにはいかない。

「どうする?ちゃんと言う?」

「…うん。…えっと…"今、この街で起こっていることは、情報屋が深く関わっている。いつまでも情報屋と一緒に居れば、君にも危害が加わるかもしれんよ。"って、言われたの…。」

お仕置きを避けたいようで、なまえは小さな声で言葉を紡いだ。それを聞き、俺は口角を上げた。

「へぇ…そんなことを…。」

あんまり余計なことを言わないでほしいんだけどねえ。

「…でも、大丈夫だよ。ちゃんと、覚悟したうえで、臨也の側に居るから。」

「…!…ほんと、なまえには敵わないよ。でも安心して、なまえのことは俺が守るから。」

俺の考えていることを見透かしたのか、なまえが俺の手の甲にそっと手のひらを重ねて、小さな声のままだがはっきりと言った。堪らずなまえを抱き締めて、自分の腕の中に閉じ込めた。

「…臨也?」

「ちゃんと言えたからお仕置きは無しね。あと、御褒美あげる。…紅茶とプリンはまた後でね。」

今日はたくさん可愛がってあげようかな。

始まりの合図として、なまえの髪にそっと口付けた。





◆161105







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