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2年前 池袋 来良総合医科大学病院ーー

真っ白な病室に、真っ黒な臨也と、少年が居る。そして、ガラスの向こう側には、少年と同い年ぐらいの少女がベッドに横たわっている。

静かな病室で、臨也は少年に言葉を投げ掛けた。

「逃げられないって、どう足掻いても。何処に行こうが過去はついて回る。たとえ君がすべて忘れようとも、あるいは死んで消えてなくなってしまおうと、過去って奴はお構い無しに君のことを追い回す。ひたすらひたすらひたすらひたすら。…なんでだか分かるかい?」

肩を竦め、自らもお手上げだという意味のジェスチャーを添える臨也。

「寂しいからさ。過去や思い出や結果って奴は、とても寂しがり屋な連中でねぇ。」

一旦言葉を切り、臨也は壁に寄り掛かって何処か遠くへと視線を向ける。そして、独り言のように言葉の続きを吐き出した。

「俺はね、神様って信じてないんだよ。存在が確定してないからね。」

「…。」

「未来でさえ確定してない世の中で、過去は確かに存在した大いなる存在だ。」

壮大に聞こえる言葉、臨也は淡々と語り続ける。

「まさしく"過去"の積み重ねこそが、人間にとっての"神"じゃないかと思うときさえある。」

淡々と、淡々とーー。

「たとえその過去が誤解や妄想に彩られた、実際と異なることだとしても…本人がそれを信じるならば、過去は確かに個人にとっての真実に他ならない。」

一体誰に向かって語り掛けているのか、見ようによっては独り言のようにも、ガラスの向こう側にいる物言わぬ少女に向けられているようにも感じられた。

「それに基づいて行動を、あるいは生き様を決めるというのなら、それは確かに"神"の一種じゃないのかな?」

「何が言いたいのか…さっぱり分かりません。」

くすりとも笑わずに首を振る少年に、臨也は溜め息混じりの苦笑を返す。どうしようもない程に、単純な答えを。

「分かってるくせに。」

実に楽しそうに口元を歪ませながら、情報屋は全身を小刻みに震わせる少年に言い放った。

「君はもう、彼女から逃げられないよ。彼女への罪悪感は過去となり、即ち彼女は君にとっての神様になるというわけさ。」

少年は、臨也の言葉を静かに受け入れることしか出来ない。

「…絶対にね。ま、良いんじゃないの?彼女のこと…好きなんだからさ。」

受け入れながらもーーその事実を、今すぐに自分の中から吐き出したくて仕方がなかった。

少女が意識を取り戻したのは、それから2日後のことだった。身寄りの無い少女が目を覚ましたときーー少年は、そこに居なかった。

紀田正臣は、結局少女から逃げ出したのだ。

臨也の言うように、絶対に逃げられないと分かっているのに。逃げる以外の答えが見つからなかった。ただ、それだけの理由でーー。

そして、時は流れーー確かに少女は"過去"となり、正臣の心を縛り付けた。生きたまま、彼女は過去と成り果てた。





◆161020







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