2.0 12


「折原臨也って、やっぱりおかしな名前よね…。」

「んー。こんな風に育ったのは偶然かもしれないけど、結構自分じゃぴったりだと思ってるよ。」

臨也は奇妙な盤面の上で一人将棋を行っていた。臨也の背後には秘書である女性が佇んでおり、山のような書類とパソコンの間を行ったり来たりしている。
情報整理に忙殺される彼女を前に、臨也は手伝おうともせずに、あることを尋ね掛けた。

「ねえ波江さん、君は偶然ってどこまで信じる?」

「…なんの話?」

その碁盤は三角形をしており、三角形の桝目に沿って、通常の将棋の駒が器用に三陣営にまたがって並べられている。

「彼らは、今回の色々なことが偶然だと思ってるんだろうなあ。いやあ…それにしても、"ある"って前提で調べてみると、結構あるもんだね。妖刀とか妖精とかいうもんはさぁ。」

自分の知らなかった情報が山ほどあったことに快感を覚えながら、罪歌が巻き起こした事件の結末を思い出し、臨也は更なる高揚感に打ち震えた。

「そう…本当に偶然だったのは、那須島が俺の金を盗っていったとき、本物の"罪歌"が現れたことかな。…おかげで、色々と面白いことになったよ。」

「面白いことって?」

一人で楽しそうな顔をしている臨也に、波江は何の感情も抱かずに言葉を返す。

臨也は内緒話を我慢出来なかった子どものように、目を爛々と輝かせながら状況を語り出した。

「これで街は、ダラーズと黄巾族、そして、園原杏里が統べる妖刀軍団の三つに分かれたわけだ。…しかも、妖刀組は、ダラーズにも黄巾族にもそれぞれ潜入しているときた。」

「ふーん。それって、すごいことなの?」

「今すぐはすごいことにはならないだろうが…今は、火種で十分だよ。何ヶ月かすれば、その火種がくすぶってくすぶって…ああ、俺はもう待ちきれないよ!?」

新作ゲームの発売を待つ子どものように、臨也は笑いながらソファに大きく寄りかかる。

一方の波江は相変わらず無表情のままで、喜んでいる臨也に淡々と疑問を投げ掛けた。

「…でも、黄巾族って、数はいるけど、3年前に中学生のガキが作ったチームなんでしょ?バランスが悪すぎるんじゃない?」

もっともな意見を唱える波江に対し、臨也は笑顔を引き締めて、諭すように言葉を返した。

「いいや…逆に考えなよ。ガキのくせして、あれだけの人数を纏めてるってのがーー既に脅威なんだよ!」

臨也はそう力強く告げた後、それに続く言葉は、まるで独り言のように呟いた。

「まあ…黄巾族の"将軍"とも、俺は知らない仲じゃないしねぇ…。」



「こうやって盤面を上から見てるとさ、自分が神様だっていう錯覚に陥ってなかなか気持ち良いもんだよ。」

三角形の将棋盤を色々といじりながら、臨也は子どものように無邪気な笑顔を浮かべ続けた。

「神様アターック。えいや。」

気の抜けた掛け声と共に、臨也は盤上にオイルライターをぶちまける。周囲に油の匂いが広がるが、気にしないまま油にまみれた駒に指を添え、三方向に広がる王将をそれぞれ中央に寄せ集めた。

「三つ巴って良いね。しかも、それぞれのリーダー同士が密接にくっついてる。」

臨也はそれまでと一転して、邪悪に満ちた笑顔に顔を歪めながら、手元のマッチに火を灯す。

「蜜月が濃ければ濃いほど、それが崩れたときの絶望は高く高く燃え上がるもんだよ。」

意味ありげなことを呟きながら、臨也は盤上にマッチを投げ込んだ。

炎。
透き通るように青い、どこか冷たい印象を与える炎が、三角形の盤上を包み込む。火は勢いよく燃え上がり、オイルの尽きるそばから駒がブスブスと焦げ始めた。ガラス製のテーブルの上で、木製の駒だけが徐々に姿を燃え朽ちさせる。

「ハハハハ!見ろ、駒がゴミのようだ!」

どこぞの悪役のようなセリフを言いながら狂ったように笑う臨也だが、そんな彼に冷水を浴びせかけるように、波江は炎を見もしないまま呟いた。

「そりゃ燃えたらなんだってゴミよ。片付けといてね。」

「ちっ。つまんない女だよねえ、相変わらずさあ。」

「…なまえはなんでこんな男が好きなのかしら。」

波江は独り言のように言いながらも、臨也に聞こえるくらいの声の大きさで呟いた。ばっちりと聞こえた臨也は、手元から取り出した一組のトランプを弄びながら、波江に言葉を返す。

「なんでって、好きだからだろ?」

「…ああそう。」

会話が終わると、臨也は弄んでいたトランプを数枚火の中に投げ込むが、考え事に飽きるとトランプを纏めて火の中に放り込んだ。

「楽しくなってきたよねえ…君も、そう思うだろう?」

激しく燃える紙の束を見ながら、臨也は自分の隣に置いたセルティの首に呟きかけた。そしてーーその瞼が、ほんの僅かに震えたような気がした。





◆161018







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