0.5 01
ーー池袋に、“危害を加えてはいけない人間”が居る。
その人間は、ヤクザでも、カラーギャングでもない。自動喧嘩人形の平和島静雄でも、露西亜寿司のサイモンでもない。
それでは、一体誰なのか?
答えは、その人間の存在を知らない男達によって明らかになるーー。
♂♀
「ねぇねぇ、君暇なの?」
「俺らと一緒にあそぼーよ。」
日曜日の昼間にサンシャイン60階通りで一人で佇んでいた彼女に、金髪と茶髪の二人組の男が歩み寄り声を掛けた。二人とも口角を上げながら、彼女との距離を縮めていく。
「…え…っと、待ち合わせをしているので…。」
男達に気付いた彼女は困ったように眉を下げて、小さな声で返事をした。手にしていた携帯電話を胸の辺りでぎゅっと握りしめ、男達が去るのを期待しながら。
「でもさ、もうここに二十分も居るじゃん。」
「それは…。」
待ち合わせをしているのは事実なのだが、男達がそれを知る由もなく、金髪の男が彼女の右肩に手を置き、少し力を込める。茶髪の男は彼女の左側に立ち、すぐに逃げられないようにした。
「あ、の…。」
「んー?遊ぶって?何処行こっか。」
「そりゃ楽しいところに決まってんだろ?」
彼女を誘うことに集中していた男達は気付かなかった。背後に、“敵に回してはいけない人間”が立っていたことを。
それを告げようと彼女が口を開くと、男達は彼女の言葉を遮るように言葉を被せた。
「ーーねえ、その子に触らないでくれる?」
男達の背中に、爽やかな、しかし幾分か怒気を含んだ声が投げ掛けられた。
「あ?何だよ…、って、お前は…!」
邪魔が入り、思わず苛立ちながら後ろを振り返ると、そこには全身黒ずくめの情報屋ーー折原臨也が立っていた。思いもよらぬ人間の登場に男達は固まる。
そんな男達を気にすることなく、臨也は先程とは違い優しい声音で彼女に話し掛けた。
「お待たせ。遅れてごめんね。ちょっと仕事が長引いちゃってさ。」
「…ううん、気にしないで。お疲れ様。」
臨也の登場により、ほっと胸を撫で下ろした彼女も、穏やかな声音で返事をする。
何だか二人の世界に入っているように見えたが、そこにはまだ男達が残っている。臨也は未だに彼女の肩から手を離していない金髪の男をじろりと睨み付ける。
「ちょっと、いつまで触ってるつもりなの?さっさと離しなよ。」
「…お、お前には関係ねぇだろ!」
臨也のことは少し知っているが、彼女とどのような関係なのかは全く知らない。
しかし、邪魔者扱いされて頭に来た金髪の男は大きな声を出した。そして無意識に彼女の肩に置いていた手に力を込め、彼女は痛みに僅かに顔を歪めた。
するとーー、
「…!?」
金髪の男は、気付けば地面に転がっていた。
「…な…、に…?」
「なまえに触れて良いのは俺だけだよ。あぁ、念のために言っておくけど、今後なまえに近付かないでね。今は特別にこのくらいで許してやるからさ。君もだよ。分かった?」
自分の身に何が起こったのかよく分かっていない金髪の男とその様子を見ている茶髪の男に対して、臨也はすらすらと言葉を紡ぐ。笑みを浮かべているものの、目は笑っていない臨也の確認に男達はただ頷いた。
「臨也…。」
「分かってるよなまえ。さぁ、気を取り直してデートしようか。」
困惑した表情で名前を呼ぶ彼女に、臨也は手を差し出した。その手を取り、地面に転がったままの金髪の男を一瞥してから、彼女は臨也と共に歩き出した。
「…何だったんだ…。」
二人が去った後、茶髪の男は金髪の男に手を貸してやり、金髪の男を立ち上がらせて、今しがた起きた出来事にぽつりと呟いた。
「折原臨也の女か?…にしては、何か雰囲気似てたよな。髪も目も同じ色だったしよ。」
「こういうときは…っと。」
茶髪の男は鞄から携帯電話を取り出し、ダラーズのサイトを立ち上げる。掲示板の一覧を見ると、あるタイトルが目に付いた。
「…“危害を加えてはいけない人間”?」
「あ?何だって?」
「…!…これ、さっきの女のことじゃねぇか?」
タイトルをクリックして掲示板の中身を見ていくと、そこにはーー、
【ある女をナンパしようとしたら、折原臨也に邪魔された。】
【その女は折原臨也の双子の妹らしい。髪と目の色が同じで、結構可愛い。】
【路地裏に引きずり込もうとしたら折原臨也が来た。あの時マジで死ぬかと思った。もう絶対声掛けねぇ。】
【折原なまえに危害を加えたら殺されるーー。】
♂♀
ーー池袋に、“危害を加えてはいけない人間”が居る。
それは、臨也の双子の妹である、折原なまえ。
なまえに危害を加えようとした者は、皆何らかの制裁を受けていた。ただし、なまえの目の前ではほとんど起こらなかったが。
なまえ本人は全く知らぬまま、ある意味危険人物として有名になりつつあった。
◆160830
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