2.0 10
「なーんで、シズちゃんが俺のマンションの前に居るのかな?」
「…お前を殴りに来たからに決まってんだろう。」
"苦々しい"という表現が似合う笑みを浮かべながら、臨也は苛立たしげに呟いた。対する静雄は、口だけで笑顔を作り、その他の部分は全身全霊で怒りを満ち溢れさせている。
深夜の高級マンション前。コンビニから戻ってきた臨也が見たものはーーマンションの扉を蹴り破ろうとしている静雄の姿だった。
「なんで、殴られなくちゃいけないのかな?」
「ムシャクシャしたからだ。」
「…俺はシズちゃんの相手をしてる程暇じゃないんだけど。可愛いなまえが部屋で待ってるんだ。さっさと帰ってくれない?」
静雄の言葉に溜め息を漏らしてから、臨也は怒りを露にしている静雄を煽るような言葉を紡いで反応を待った。
「…そりゃ良かったなぁ?なまえには悪いが、俺はお前を殴らなきゃ気が済まねえんだよ。」
なまえの名前を聞くと少し眉を寄せるも、静雄は大人しく引き下がるつもりはなかった。
「まったく…なまえはなんでシズちゃんのことを優しいだなんて言うんだろうねぇ?…ムカつくよ。」
静雄が大人しく引き下がるとは思っていなかったが、早く部屋に戻って眠っているであろうなまえの寝顔を見ようと考えた結果、手っ取り早く終わらせるために臨也は両手にナイフを構えた。
静雄はそれを見てニヤリと笑うと、マンションの前にあるガードレールに手を置き、その手に力を込め始めた。
「…マジで?」
ならば、引っこ抜く前に刺すまでだろう。
刺す。そう決意した瞬間、臨也の顔から笑みが消える。それを察した静雄は、逆に"やってみろよ"とばかりの笑顔を浮かべている。
どうしようもない緊迫が生まれた直後ーーその対峙は、"影"の乱入によって遮られた。
エンジン音も無く現れた黒バイクが、二人の間に割って入る。
「おやおや。」
「セルティ…なんだよ?」
二人がそれぞれ声を掛けるが、セルティは取り急ぎ臨也に手を軽く振って牽制し、静雄の方にだけPDAの画面を見せる。チャットのログをコピーし、PDAにデータを写したものだ。
静雄はしばらくログを見ていたがーーやがて眉を顰めながら、セルティに対して口を開く。
「…なんだこりゃ。」
静雄はしばらく考えていたが、妙に冷静な目になると、臨也の方を向き直って口を開く。
「…これも、手前の計算か?」
「なんのことか知らないけど、セルティが偶然ここに来てくれることまで計算出来るなら、俺はとっくに君の家に隕石でも落としてるよ。」
静雄はそれでもしばらく臨也の方を見ていたがーーやがて、諦めたように舌打ちすると、無言でセルティのバイクに跨った。
走り去るバイクを眺めながら、臨也は皮肉げに微笑んだ。
「まったく…単細胞のくせに、どうしてあんなに鋭いんだろうねえ?」
その笑顔は、どこか嬉しそうでもあり、苛立たしげでもあり。
「これだから、俺はシズちゃんのこと、大嫌いなんだよ。」
♂♀
「なまえ?どうしたの、眠れないの?」
「…ちょっと怖い夢を見て、目が覚めちゃって…。」
自室に戻った臨也は、寝室のドアが少し開いていることに気が付いた。なまえのことが気になり、寝室に行き中に入ると、ベッドの端に腰掛けているなまえと目が合った。
「…斬り裂き魔の夢?」
「…うん。…ごめんね、私が斬られたわけじゃないのに…。」
斬り裂き魔に襲われそうになったあの日以来、なまえはこうして悪夢に魘されることがあった。臨也と一緒に眠っているときであれば、臨也もすぐに目を覚まして、なまえを宥めていた。
「謝らないで。なまえは何も悪くないよ。」
ベッドに歩み寄り、なまえの隣に腰掛けて、泣きそうにしているなまえをそっと抱き締める。なまえは少し躊躇った後、臨也の背中に両手を回して、ゆっくりと深呼吸をした。
少しの間、そのままくっついていると、臨也の温もりに安堵して、なまえはうとうとと微睡み始めた。
「…眠れそうなら、眠りなよ。俺も、仕事が終わったら寝るからさ。」
「…うん、…おやすみなさい…。」
なまえは臨也から手を離して、臨也もなまえから手を離して、なまえを横たわらせてやる。眠たそうななまえの額にキスをして、なまえが目を閉じたのを見てから臨也は寝室を後にした。
◆161015
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