2.0 09
「なまえ、お疲れ様。」
「臨也…!迎えに来てくれてありがとう。」
バイトが終わり裏口から出ると、すぐ側に臨也が立っていた。
私が斬り裂き魔に襲われそうになったあの日以来、バイトが終わるのが夕方以降になると、臨也は毎度迎えに来てくれるようになった。夕方まででも迎えに行くと言ってくれたけれど、さすがにそれは断った。
「何処か寄るところはあるかい?」
「うーん、新宿でスーパーに寄りたいかな。そろそろ冷蔵庫の中身が少なくなってきたと思うから。」
「分かった。」
迎えに来てくれた感謝の気持ちをこめて、私から臨也の手を取りぎゅっと握ると、臨也も握り返してくれた。二人で大通りに出て、池袋駅へと向かう。
「そう言えば、セルティに会ったんだ。」
「えっ、そうなの?良いなあ。私も会いたいな。」
最近会ってないな…前に会ったのはいつだったかな?まあ、マンションを知ってるから、会いに行こうと思えばいつでも会いに行けるんだけれど…。そう思っているから、なかなか会えないのかな。
「なまえはセルティが好きだねえ。」
「?友達だから。でも、一番好きなのは臨也だよ?」
「…なまえって恥ずかしがり屋なのに、時々さらっとそういうこと言うよね…嬉しいけどさ。」
そう言われてから自分の発言を思い返して、何だか恥ずかしくなった。臨也から視線を逸らすと、遠くの方に見覚えのある女の子の姿が見えた。
ーー杏里ちゃん…?一人で何をしているんだろう。
「なまえ?」
「な、何?」
名前を呼ばれて臨也を見るも、杏里ちゃんのことが気になって視線を戻すと、もうそこには杏里ちゃんの姿は無かった。
♂♀
「さて…斬り裂き魔の話をしようか。」
「う…うん…。」
夕食を食べてから、真剣な表情で臨也が切り出した。斬り裂き魔と聞くとどうしても襲われそうになったときのことを思い出してしまうけれど、聞かないわけにはいかない。
「…これから俺が言うことは、嘘じゃないからね。」
「…?うん、教えて。」
臨也が念を押すようなことを言うということは、セルティの正体のような非現実的な話なのかな…?あのときも、びっくりしたなあ。まさかセルティがデュラハンっていう存在だなんて、夢にも思わなかったから。
ソファに隣合って座っている臨也は、ゆっくりと斬り裂き魔について語り始めた。
「かつてこの新宿にあった"妖刀"が罪歌って呼ばれているんだけど、罪歌は心を持っていて、人を乗っ取るらしいんだ。」
「よ、妖刀…?」
「多分だけど、罪歌に乗っ取られている人間は、目が赤く光るみたいでね。これは、なまえも見たんだよね?」
「う、ん…、怖かった…。」
あの目は、一度見たら簡単には忘れられない。
それにしても…斬り裂き魔の正体が妖刀だなんて…。その罪歌は、日本刀みたいな姿をしているのかな?それに心がある…?うーん…?
すぐに信じられないけれど、臨也が嘘を言っているようには見えない。
「信じられない話かもしれないけど、本当のことなんだよ。」
「ご、ごめんね…臨也を疑うつもりは無いけれど…。」
思っていたことが顔に出ていたのか、臨也が苦笑を漏らした。
「出現場所は複数あってね…ピンポイントなら警察も絞れるんだろうけど。なまえのバイト先はあの日以来出てないし。」
「…それでなかなか捕まらないんだね。」
「妖刀の話を警察にしたところで、信用してもらえないしね。」
確かにそうだ。臨也はそれが真実だと信じているから、こうして私に話してくれたわけだけれど、正直すぐに信じることは難しい。とはいえ、手掛かりがあるのならば、警察に伝える方が良いのではないかーー。
そう告げようとすると同時に、臨也の携帯の着信音が鳴り響いた。
「…気にしないで。」
「ごめん。…はい、もしもし。」
臨也はすぐにポケットから携帯を取り出して、私に一言謝ってソファから立ち上がり、デスクの方へと歩みながら誰かと通話していた。
電話の相手や内容よりも、帰り際に見かけた杏里ちゃんのことが気になってしまう。何か、あったのかな。
このときの私は、数時間後に杏里ちゃんが斬り裂き魔に襲われそうになり、それを門田くん達が助けようとするなんて全く想像しなかった。
◆161013
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