2.0 07
「お疲れ様でした。」
「気を付けて帰ってね。」
今日はラストまでのバイトだった。店長に挨拶をして裏口から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。斬り裂き魔が未だ捕まっていないことを思い出して、少し怖くなる。
駅までそんなに離れていないから、早足で歩けばすぐに駅に着く。大通りに出ようと一歩踏み出すと、背後に何かの気配を感じた。
「…?」
犬か猫だろうか…?猫はまだしも、犬は怖いな…。噛まれたらどうしよう…。でも、この辺りに野良犬が居るなんて話、聞いたことないや…。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには犬や猫ではなくーー人間が立っていた。
暗くて顔や服装はあまり見えない。性別も年齢も分からない。
「…。」
「…。」
何か話し掛けた方が良いのかな?それとも、見なかったことにした方が良いのかな?
どうしたものかと迷っている間に、その人の目が赤く光ったことに気が付いた。
「!」
【切り裂き魔は、目が赤く光ってるんだって。】
臨也に教えたもらったことをすぐに思い出した。斬り裂き魔が、そこに居る。
逃げなければーー。
そう頭の中では分かっているのに、足が動かない。このままだと、私も斬られてしまうのに…逃げられない。上手く声が出なくて、助けを求めることも出来ない。
「…ぁ…。」
斬り裂き魔がゆっくりと、歩み寄ってくる。近付いてくる時間がとても長いものに感じられた。鼓動が速くなり、冷や汗が背中を伝った。
私のすぐ側に来て、斬り裂き魔が手に持っていた何かを振りかざした、そのときーー
ピリリリリリリ
私の携帯の着信音が鳴り響いた。
斬り裂き魔はその音に驚いたのか、ぴたりと動きを止めた。それを見て、私はようやく自分の足を自由に動かすことが出来て、慌てて大通りへ出た。
後ろを振り返ると、そこにはまだ斬り裂き魔が立っていた。何も言わずにじっとこちらを見ている。
ただ、大通りでは人目があるからか、こちらにやって来そうにはない。
私は急いで駅へと走って行き、新宿に着いてからもマンションまで走った。
「臨也っ!」
「なまえ?…どうしたの、そんなに慌てて。」
ドアを開けるとタイミングよく玄関に臨也が居て、私は鍵を閉めるのも忘れて臨也に抱きついた。臨也は少しよろけながらも、私を抱き留めてくれた。
「…は…、はぁ…っ…。」
「…何があったの?」
走って乱れた呼吸を整えてから、顔を上げると心配そうにしている臨也と目が合った。
「…ご、ごめん…ソファで話すね…。」
少しだけ落ち着きを取り戻したが、ここで話すのは良くないと思い、ゆっくりと臨也から離れた。ドアの鍵を閉めて、靴を脱ぎ、臨也と一緒にソファに行く。
「何か飲む?」
「ううん、今は要らない。」
臨也の隣に座り、一度深呼吸をする。少し落ち着いたけれど、さっきの恐怖はなくなっていない。隣に居る臨也の腕にぎゅっと抱きついて、口を開いた。
「…なまえ?」
「…き、斬り裂き魔に…襲われそうに、なって…。」
「!…斬られてない?」
「うん、それは大丈夫…。斬られそうになって、誰かから電話が掛かってきて、斬り裂き魔が動かなくなった隙に逃げたの…。」
あの赤く光った目は今でもはっきりと覚えている。
夢に出てきそうで嫌だなあ…今日は一人で寝たくないな。臨也、一緒に寝てくれないかな…。
「…そう、ひとまず無事で良かったよ。」
臨也は自分の腕に抱きつく私の腕を離させてから、横からぎゅっと抱き締めてくれた。臨也の温もりに少し安堵して、私は目を閉じた。
「明日からは、迎えに行くから。」
「…ごめんね、迷惑掛けちゃって…。」
「迷惑なんかじゃないよ。なまえのことは、俺が守るから。」
仕事の邪魔をしてしまうことになるかもしれなくて、申し訳なかったけれど、臨也の言葉が嬉しくて、つい甘えてしまう。
「…今日、一緒に寝てほしい…。」
「うん。落ち着いたらお風呂入りなよ。それまで抱き締めてあげるから。」
斬り裂き魔にまた狙われるかもしれないという恐怖を抱きながらも、臨也が迎えに来てくれるなら大丈夫だろうと楽観していた。
◆161011
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