2.0 02


「ただいまー。」

「おかえり、なまえ。」

私と路地で絡まれていた女の子ーー園原杏里ちゃんを助けてくれた男の子ーー紀田正臣くんからのお茶の誘いを丁重に断り、本屋でレシピを買ってからマンションに帰ってきた。

波江さんはもう帰ったみたいで、臨也だけが居た。臨也はパソコンから視線を外して挨拶をしてくれた。

ーーそして、あっさりと”それ”を口にした。

「もうすぐバレンタインデーだねえ。」

「そ、そうだね…。」

「今年は何を作ってくれるのかなぁ、なまえは。」

…期待してもらえるのは嬉しいけれど、お菓子作りはあまり得意じゃないから、少しプレッシャーだったりする。ご飯なら得意なんだけれど…。でも、バレンタインデーはやっぱりチョコレートだよね…。

「…秘密。」

口角を上げる臨也を一瞥して、誤魔化すように呟いた。



♂♀



そして迎えたバレンタインデー当日。

私は、ミルクチョコレートとホワイトチョコレートを使って、オセロの駒に見立てたチョコレートを作った。

少し前に14日はチョコレートを作りたいから、と言ったおかげで、午前中は臨也も波江さんも居ない。レシピに書いていた時間よりも少し長くなったけれど、ちゃんと出来た、はず。

「後はこれを渡すだけ…。」

ラッピングも終わったし、と安心していたが、突然携帯の着信音が鳴り響いた。誰からの電話だろう?ソファに駆け寄り、そこに置いていた携帯を手に取り通話ボタンを押すと、

『あ、なまえ?ごめん、急な依頼が入っちゃってさ、帰るのは夜になりそうなんだ。あと、波江さんは今日は休みだから。』

「そうなんだ…分かった、気を付けてね。」

残念なお知らせだった。出来れば早く食べて欲しかったな…仕方ないけれど。

「…なら、もう一つの方を先に済ませようかな。」

出掛ける準備をしてからバイト先に行き、予約していたバースデーケーキを受け取って、とある場所へと向かった。



♂♀



「はい、チョコレートだよ。」

「ありがとう。」

一緒に夕食を取り、ソファに座って寛いでいる臨也にチョコレートの入った小箱を差し出した。臨也の隣に座り、どきどきしながら間近で反応を見る。

臨也はお礼を言ってすぐに小箱を開けて、入っていたチョコレートを一つ指でつまみ、それをまじまじと見つめた。

「…オセロの駒、だよね?」

「うん。…簡単なので、ごめん…。」

お菓子作りが得意ならもっと凝ったものを作れるんだろうけれど、私には難しすぎる。失敗するリスクを回避するために簡単なものを選んだことを謝罪した。

「なんで謝るの?…いただきます。」

「…。」

「美味しいよ。…今日は変だね、なまえ。」

美味しいと言ってくれる臨也の優しさが少し辛い…。こんなことなら、普段からお菓子作りの練習をしておけば良かった。
そう後悔している私の頬に臨也の手が添えられた。

「…俺はなまえの手作りってだけで嬉しいのに。」

「…でも、全然上手に出来なくて…ごめん…。」

「謝らないでよ。なまえなら、このチョコレートをもっと特別なものに変えられるんだから。」

臨也が何を言わんとしているのか分からずきょとんとすると、臨也はチョコレートを唇で挟み、私の方へと顔を寄せてきた。

「…?」

「…。」

閉じていた唇にチョコレートが当たり、口移しで食べさせようとしているのだと思って薄く唇を開くと、口内にチョコレートが入ってきた。そのままチョコレートを噛もうとすると、いつの間にか臨也の舌も入り込んでいて、それによって阻まれてしまった。

何をするつもりだろうと不思議に思っていると、臨也は私の口内のチョコレートを溶かすかのように、チョコレートに舌を絡め始めた。

「…!?…ん…っ。」

「…っ…は…。」

な、何だろう、この恥ずかしい食べさせ方は…!

私が混乱していると気付いているはずなのに、臨也は尚もチョコレートを溶かそうとしている。口内に広がるチョコレートの甘さが、いつもより甘ったるく感じるのは、気のせいではないはずだ。

チョコレートがどろどろに溶けると、ようやく臨也の唇と舌が離れていき、私はそれをゆっくりと飲み込んだ。

「…駄目じゃないか、なまえもしてくれないと。」

「…っ、そ、そんなこと言われても…!」

臨也はそれはもう楽しそうに笑っている。対する私は恥ずかしさの余り顔が真っ赤になっているだろう。

「あと2個あるから、今度はちゃんとするんだよ?」

ーーバレンタインデーは、もう少し続きそうだ。





◆161006







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