1.5 03


少しだけ、興味があったのだ。

新宿で情報屋なんて商売をしている彼が、彼女の話をするときだけは、その鋭い目に彼女に対する愛情が浮かんでいたから。

だから、今日は仕事の話だけで終わると思っていたけれど、彼女に会ってほしいと言われて素直に頷いた。

なのにーー

「…追わなくて良いの?」

まさか、泣いて出て行ってしまうなんて。

彼は彼でぼんやりと突っ立ったままだし。
商売上、いや、彼の人柄から彼に恨みを抱く人間は多いだろう。もし外でそんな無防備にしていたら、あっさりと殺されてしまうだろう。

「…そうだね。でも、俺が行っても嫌がると思う。」

「だからすぐに追い掛けなかったの?」

彼の言いたいことは分かるけれど、泣きながらふらふらと歩く女なんて良くないことに巻き込まれる可能性が高いのに。まさか放っておくつもりなのかしら。

「…本当は明日から働いてもらおうと思ってたけど、初めての仕事をしてもらおうかな。」

「回りくどいわね。はっきり言いなさいよ。」

どうやらかなりのダメージを受けているらしい。先程まで仕事についてぺらぺらと話していたとは思えない。

「なまえを、ここに連れ戻して。」

「…報酬と引き換えにね。」

隠すこともなく溜め息を吐いてから、私は鞄を手に取り、彼の部屋を後にした。



「何してるの?」

彼女はすぐに見つかった。マンションの近くにある公園のベンチに腰掛けてぼんやりとしていた。
どうして私がこんな面倒臭いことを、と思いながら彼女に歩み寄り、彼女の前に立って声を掛けた。

「…あ…。」

「あいつに連れ戻せって言われたのよ。」

「…そう、ですか…。」

彼女は私の言葉を聞いて表情を曇らせた。引っ張って連れて帰っても良いけれど、それでは何の解決にもならない。明日から働く職場なのだ、出来る限り面倒事は片付けておきたい。

「…どうして泣いたの?貴方が望むなら、あいつには言わないわ。」

「…、私じゃ、駄目なんだと思ったから、です…。」

手早く終わらせるために彼に告げないと言うと、彼女は少し躊躇ってから小さな声で理由を話した。

「どういうこと?」

「前に一度、私も臨也の仕事を手伝いたいって言ったんですけど、すぐに断られちゃって…。でも、今日秘書を雇うって言われて…。」

「…。」

「私じゃ臨也の役に立てないんだって思ったら、悲しくて…。」

おそらく彼が断ったのは、商売上、危険がつきまとうからだろう。
私はある程度自衛や回避が出来るつもりだし、仕事を選ぶことが出来る立場ではなくなってしまったから構わないけれど。

「…そう。その辺りはあいつに答えてもらいなさい。」

「…帰らなきゃ、駄目ですか…?」

「ええ。私の言葉よりも、あいつの言葉の方が信じられるでしょう?」

私が彼女を安心させられる言葉を並べ立てたところで、あいつの言葉には叶わない。それが分かっているから、そんな無駄なことはしない。

「…はい。」

「それと、一つ言っておきたいことがあるんだけど。」

「…何ですか?」

それに、これを告げておく方が余程効果があるだろう。
私は鞄から手帳を取り出して、そこに挟んでいた大事な大事な写真をそっと手に取り、彼女に見せた。

「私には弟が居るんだけど、私は弟以外に興味無いから、安心しなさい。あいつのことは雇い主としてしか見てないから。」

「…そう、なんですか…。」

「分かったなら帰るわよ。」

写真を手帳に挟んで鞄にしまってから、私は踵を返した。並んで歩くつもりはないし、彼女が後ろをついてきているのが分かったから、そのままマンションへと戻った。

のだが。

「なまえ…!波江さんに意地悪されなかった?」

「はぁ?聞き捨てならないわね。私は仕事をしただけよ。」

自業自得だというのに、そんなことは微塵も考えていなさそうな彼の言葉に苛立ちを隠せなかった。どう反撃してやろうかと考えていたけれど、

「あ、あの、…ありがとう、ございました。」

彼女が私に対して初めて笑ったから。その笑顔が純粋なものに見えたから。柄にもなく、今日の出来事をすべて許そうと思った。





◆161001







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