1.5 02
「ありがとうございました!」
ケーキを買ってくれたお客さんを見送ってから、私はガラスケースに並んでいるたくさんのケーキをじっと見つめる。
今日はロールケーキでも買って帰ろうかな。臨也と一緒に食べたいな。私のバイトが終わる頃には今日の仕事は終わると思うって言ってたし…。
時計に視線を向けると、あと10分程で今日のバイトは終わりだ。時間になったらすぐにロールケーキを買って、寄り道せずに家に帰ろうっと。
このときの私は、家に矢霧製薬の主任が居るとは夢にも思わず、早く臨也とロールケーキを食べたいとばかり考えていた。
♂♀
「…あれ、お客さん…?」
ロールケーキの箱が入った袋を片手に急いで家に帰ると、玄関に女性のヒールがあり、私は小首を傾げた。何となく、臨也の信者の女の子達では無さそうだと思った。
だとすれば、臨也の依頼主だろうか?もしそうならば、依頼主が帰るまで時間を潰す方が良いだろうかと玄関先で悩んでいると、臨也が現れた。
「なまえ、どうしたの?早く上がれば良いのに。」
「あ…ただいま。…えっと、良いの?お客さんが来てるんじゃ…。」
普段は信者の女の子や依頼主とは会わないように調整してくれるのに、今日は突然の来訪だったのかな…?
「構わないよ。というか、なまえに会わせたくて待たせてるんだ。」
「え?私に?」
「うん。ほら、おいで。」
珍しいことがあるものだと考えていると空いている方の手を引かれ、慌てて靴を脱ぎ、そのまま引っ張られて行くとーー
「その子がなまえ?」
黒髪の綺麗な女性がソファに座っていた。
え、誰…?どうして私の名前を知っているの…?
「そうだよ。なまえ、紹介するよ。彼女は矢霧波江、俺の秘書として雇うことにしたんだ。」
「初めまして、矢霧波江よ。よろしくね。」
少し混乱している私に対して二人はそれぞれ言葉を紡いだが、すぐに言葉の意味を理解することが出来なかった。
「ひ、しょ…?臨也の…?」
今までずっと一人で働いていたのに…?
私が臨也の仕事を手伝いたいって言ったら、すぐに断ったのに…?
これから、この綺麗な人がここで臨也と働くの…?
一瞬で色々な感情が溢れ出しそうになって、思わず持っていた袋を落としてしまった。べしゃっという音が聞こえたような気がしたけれど、今はロールケーキどころではない。
「で、この子が俺の双子の妹のなまえ。可愛い妹だから、苛めちゃ駄目だよ?」
「私はそんなことしないわよ。貴方と性格がそっくりなら嫌だけど。」
「やだなあ、そんな…、なまえ?」
ーーぽたり。
水が落ちた。私の目から溢れて、頬を伝った、涙が。
「なまえ、どうして泣いてるの…?」
「…ないてなんか、ないよ…。」
何だか視界がぼやけると思ったら、涙のせいだったのか。自分のことなのに他人事みたいに冷静に考える自分が居た。でも、私の声は、少し震えていたかもしれない。
「…ごめん。混乱させちゃったみたいだね。」
「…やだ、離して…。」
臨也は人前にも関わらず私を抱き締めたけれど、今はそうされても全然嬉しくなかった。珍しく抵抗したことに驚いたのか、すぐに離してくれた。
「…ちょっと出掛けてくる。」
一人になりたかった。色々な感情を曝け出してしまう前に。
臨也が止めるのも無視して、私は走って部屋を出ていった。
◆160930
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