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「波江さんを秘書として雇うにあたって、最初に言っておかないといけない大事なことがあるんだ。」
「…何かしら?」
俺は"首"を入手してから数日後に矢霧波江を部屋に招き、彼女と向かい合うようにソファに座って、真剣な表情で話を切り出した。なまえはバイト中だから、二人きりだ。
「俺には双子の妹が居てね、名前はなまえっていうんだけど。なまえに危害を加えたり、余計なことを吹き込んだりしないでほしいんだ。」
「…随分過保護なのね。」
「まあね。なまえのことは大事にしてるからね。ついでに言うと一緒に住んでるから、顔を合わせる機会は多いんじゃないかな。」
一緒に住んでるとは思ってなかったらしく、彼女は少し驚いたように目を見開いた。その後、数秒考え込むような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開く。
「…そう。貴方が私の邪魔をしない限り、私も貴方の邪魔をしないようにするわ。」
「それって、交換条件ってことだよね。」
予想通り、素直にはいそうですかと頷いてはくれなかった。まあ、俺は彼女の弟をどうにかしようという考えは今のところこれっぽっちも無いけど。
「ええ。私は誠二を愛しているもの。…貴方が誠二に何かしようとしたら、私も貴方の大事な妹に何をするか分からないわよ?」
それまであまり表情が無かった彼女だが、弟が絡んだからだろう、とてつもなく冷たい表情を浮かべて、冗談とは思えない言葉を言い放った。怖い怖い。
「なら、安心だね、俺は君の弟に何もしないから。」
「…私は安心してないけど…とりあえず話を続けて。」
彼女を安心させようとにっこりと笑って見せたが、すぐに信用してもらうことは出来なかったようだ。ただ、冷たい表情ではなくなったので良しとしよう。
「あと、なまえには首のことは言わないつもりだから、よろしく。まあ…他にもなまえに言わないつもりのことはたくさんあるんだけど。」
膝の上に置いていた首の入った特殊なケースをぽんと叩く。
なまえが運び屋と仲良くなかったら話しても問題無かったけど…。今更仲良くするのをやめろ、なんて言えないしね。バレたらバレたときに考えれば良いし。
「…色々と隠してそうね。私には興味無いけど。」
「なまえに危害を加えたり、余計なことを吹き込んだりせずに、秘書として働いてくれれば、それで良いよ。ちゃんと給料も払うしね。」
彼女の世界は弟が中心で回っているだろうから、俺が余計なことをしない限り、彼女がなまえに何かをすることは無いだろう。勿論、油断は禁物だが。
「分かったわ。」
「じゃ、これで契約成立ってことで。なまえとは今日会ってもらおうかな。もうすぐ帰ってくる頃だし。」
「そう。」
彼女の方は問題無さそうだ。問題があるとすればーーなまえの方か。
秘書を雇うなんて話は一切してないし、ましてや自分と年齢の近い女だと知ったらどんな反応をするだろうか。ある程度想像出来るけど、実際の反応は分からない。
彼女に仕事内容を簡単に説明しながら、なまえの帰宅を心待ちにした。
◆160926
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