1.0 13


「…私も、ちょっと行きたかったなぁ。」

なまえは一人でベッドに横たわり、本音を漏らした。

あの後、帝人は自分のすべてを三人に向けて語った。元々ダラーズについて臨也から話を聞いていたなまえは、その話を嘘だとは思わなかった。多少、驚きはしたが。

今の時刻は午後11時。今頃、池袋で帝人と矢霧製薬の主任の取引が始まっている頃だろう。

「…でも、臨也が駄目って言うなら、仕方ないよね。」

取引内容までも聞いたものの、臨也は「何が起こるか分からないから、なまえは家で待ってて。」と言ったのだ。起こり得る出来事に興味があったが、臨也にそう言われてしまっては仕方ない。

「…臨也、楽しそうだったな。」



♂♀



「お、始まったね。」

同刻、臨也は池袋に居た。少し離れた場所から帝人と矢霧製薬の主任ーー矢霧波江を観察して、楽しそうに呟く。

会話は聞こえないが、内容は何となく分かる。二人の表情が見える場所に居るということもあるが。

「さて…そろそろかな?」

しばらくして、波江はゆっくりと手を挙げた。おそらく何かの合図だろう。辺りに波江の部下らしき人間が何人か居ることを臨也は気付いていた。

その内の一人の男が帝人へと向かっていった瞬間ーー、

ピピピ ピピピ

それは、携帯のメールが着信する音だった。

音源が一箇所なら、気付かなかっただろう。しかし、音源は四方から同時に聞こえてきた。

そこでようやく、波江も男達も、周囲の様子がおかしいことに気付かされる。雑踏に過ぎなかった周囲の人影が、いつの間にか"群集"と呼んでも差し支えない程に増加していたということを。

圧倒的な数の人間から電子音やメロディが流れ始めている。気付いた瞬間には既に遅く、彼女達はーー着信音の荒波に囲まれていた。

そして、着信音が徐々に収まる中ーー彼女達は、視線の中に居た。
視線。ただそれだけが彼女達の周囲に浮き彫りになった。

周囲に群がった数十、下手をすれば数百の人間がーー彼女達の方を向いて、ただじろりと睨んでいる。

「何…これ…?何なのよ…何なのよこいつらぁぁあっ!」

波江は恐ろしくなって絶叫を上げた。だが、視線は留まることを知らず、世界を敵に回したような錯覚が彼女達を襲った。

彼女達は気が付いていなかった。自分と交渉していたはずの少年が、いつの間にか人混みーー視線の中へと姿を消していることにーー。

ダラーズの創始者は、誰にも気付かれぬまま、自らもまた群衆の一人と化したのだ。



帝人はタイミングを見計らって、携帯のアドレスを持つ者ーーダラーズの参加者のほぼ全員に向けて、次のようなメールを一括送信したーー。

『今、携帯のメールを見ていない奴らが敵だ。攻撃をせずに、ただ、静かに見つめろ。』



すっかりその姿を浮き彫りにされ、総崩れになった波江達。

その様子を、一人のデュラハンは高所より見下ろしていた。誰が敵で、誰が味方なのかを見極めるために。

"彼ら"の視線に晒されている側で、なおかつ手に武器を持っていたり、波江を守るように陣取っている者、それがセルティの、そして"ダラーズ"の敵だ。

セルティは黒バイクーーコシュタ・バワーの嘶きを轟かせて、ビルの屋上からその壁面を垂直に落下した。

そのまま地上に飛び跳ねると、波江達を挟んでダラーズの反対側に着地した。

そしてーー人の眼前であるにも拘らず、セルティは何の躊躇いも無く背中から"影"を引き抜き、漆黒の巨大な鎌を作り上げた。

あっという間に波江の部下らしき人間を倒したセルティは、そのまま逃げ出した波江を追って何処へと去ってしまった。





◆160923







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