Sample.1




「これで、最後だ……っ!」
 ロランが渾身の力で振り上げた剣が、シドーの身体を文字通り稲妻のように切り裂いた。
 ―ギャアアアァァァァアアアアアア!!
 身の毛もよだつ咆哮を上げ、見るも恐ろしい破壊の権化がその巨体を地に沈め、光の粒子となって消えてゆく。
 その消滅と共にこの場を満たしていた禍々しい気も去り、やがて辺りにしん、と静寂が訪れた。
「終わっ、た……?」
「やりましたの……?」
 地面についた武器で身体を支え、いつでも呪文が詠唱出来るようにと構えていたランドとアイリンがぽつりと零し、肩で息をしていたロランが愛剣をぐっと握り直すと同時に、春の日差しのような暖かな光が周囲に満ちた。
『よくやってくれました。ロラン、ランド、アイリン』
 どこからともなく美しい声が聞こえ、ボロボロだった身体があっという間に全回復する。声の主はそのまま三人の活躍を手厚く労うと、瞬く間に邪教の本山から雪原へと転移した。
 白い大地を踏みしめると同時に、背後に聳えていたハーゴンの神殿が音を立てて崩れ去る。同時に空を覆っていた厚い雪雲も払われて、久しぶりに目にする太陽が辺りを明るく照らしだした。陽の光が雪に反射して石英の如くちかちかときらめき、その眩しさに思わず目を細めると、死闘の熱が残る身体を風が優しく撫でていく。
 ―勝ったのだ。
 ようやく降りてきた実感に、三人は暫し言葉もなく立ち尽くした。やがてそれぞれに顔を見合わせると、手にしていた武器をその場に放り、ひしと固く抱きしめ合った。
「やった……!」
「勝ったんだ!」
「わたくしたちの悲願……!」
 ありったけの力で抱き合っている所為で、お互いの身体がぎしぎしと軋む。特にロランの力は相当なもので、その腕の中に囚われたランドとアイリンは痣を作る程だったが、そんな痛みなどものともせずに彼等は広い雪原の只中で喝采を上げ、駆け巡る喜びを分かち合った。
 そうして、ひとしきり勝利の余韻を堪能したのち。
 お互い徐に身を離すと、若者たちは突然懐から何かを取り出して錦旗のように掲げ合った。と思いきや、今度は一転して秘蔵の宝のように胸に抱え、逸る気持ちを抑えるようにぎゅう、と腕で包み込んだ。
「やっと……」
「これが!」
「役立つ時が……!」
 彼らがそれぞれ取り出したもの。
 ロランが持つ『それ』は丁度大判のハンカチーフを半分に折り畳んだくらいの大きさで、ランドのものは掌大。アイリンはその中間ほどだ。表面の意匠もどれもバラバラで、でかでかと文字が書かれたものもあれば、布張りに金の刺繍が施された上品な装丁のものもある。
 そしていずれのデザインにも共通しているのは、前面に大きく押し出された食べ物の絵。
 彼等が後生大事に抱えるそれらは、巷で言うところのグルメガイドブックと呼ばれるものだった。
「それじゃ、やっぱり最初はベラヌールから始めて南航路?」
「ですわね。本当は全部の街を巡りたいところですけれど、まあ仕方がありません」
「……わくわく」
 あちこちに折り目がつけられたり、付箋が貼られたり書き込まれたりと、くたくたになるまで読み込まれたガイドブックを片手にきゃっきゃとはしゃぐ三人。その様子はつい先刻宿敵を打ち倒して世界を救ったばかりだとはとても思えず、そんな彼らを天から見ていたルビスは思わずずっこけそうになったが、それを感知できる者は幸いなことに誰もいなかった。

「「「いざゆかん、ロトの子孫一行のグルメツアー!」」」



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