ピグマリオ

※性描写がいつもより濃い目です。また、作中ではっきりとした描写はありませんがモブ×レーゼを思わせる表現があります。大丈夫だという方のみ、自己責任でこのままお進み下さい。





 浅ましい、とは自分のような人間を指すのだろう。





 ずちゅ、ずちゅ、と生々しい水音が響き、それに合わせて寝台が軋む。もう何度放出したか分からない自分の欲が気泡を孕んで熱を加速させる。絡みつく内壁と、絶え間ない嬌声。

「あっ、あっ、ひあ、あああああ!!」
「…………っ」

 腰を掴む腕にすがりつき、淫らに誘って揺れてみせる。惜しげもなく開かれた太腿にはとうに幾つもの爪傷と鬱血した手形が付いていた。

「あ、もっと、もっとぉ……! たくさん、くださ、っああぁああ!!」

 びくん、と息絶える寸前の獣のように痙攣し、組み伏せた肢体は白濁を吐き出した。飛沫が自分の下腹部にまで散って熱い。は、は、と千切れそうな呼吸の合間にも先端からは出し切れなかった残滓がだらしなく零れていた。

 一旦身体を離そうと腰を浮かせると、力無く投げ出されていた筈の脚が気配を察して絡み付いてきた。獲物を捕らえた蜘蛛のように。

「いや……、もっと、ください……っ」
「…………けど」
「足りないん、れす……、おねがい、しま、っあ、ひあっ」
「………………ッ!」

 舌足らずの懇願に、奥歯をぎり、と噛み締める。皮膚を食い破るくらいに握る拳に伸びる指先が劣情を煽り、牡の肉塊を内包したままの下肢が再び蠢く。こちらの躊躇も葛藤も何もかも、爛れた快楽が飲み込んでしまう。



「お……ねが、ぐら、さま、ぐらん、さまぁ……っ」
「…………レーゼっ」



 欲に掠れた声に負け、せめてもの抵抗をするかのように視界をシャットアウトして後はただ本能が導くままに打ちつける。もう何度も穿った場所へ、熱に震える襞の奥へ。消えない傷をを刻むように。

「あぁ! ひっ、うぁ、ああぁあ!!」

 ひっきりなしに上がる声が自分の心を掻き乱す。

 どうして、どうしてこんな事に。


「レーゼ……っ!」
「ぐら、ン、んぐ、ふぅ……っ」

 これ以上聞いていることが耐えられず、その唇を自分のそれで無理矢理に塞いだ。




 迎えた絶頂は、哀しい程に心地良かった。



* * *



 復讐の道具となることを最初に承諾したのは自分だった。出来ることなら思い留まって欲しかったけれど、父が真に望むのであればどんなことでも力になりたかった。その為なら傀儡になることも厭わなかった。実際のところは、お日さま園の全ての子供が自ら志願するに至ったのだけれど。

 それならそれで構わない。皆が父を慕う気持ちは痛いほど分かったから。

 けれどせめて何か少しでも、自分が食い止められる被害があれば。そう思ってエイリア石の被検体にも真っ先に名乗りを上げた。当時はエイリア石にはまだまだ未知数の部分が多く、どんな副作用があるかも分かっていなかった。それ故に人体を使用しての実験がどうしても必要だったのだ。皆が二の足を踏む中、自分が率先して身を捧げることで少しでも降りかかる火の粉が抑えられればと思っていた。


 だけど。


 実際に自分を待っていたのはマスターランクのチームのキャプテンという地位で、後方から動向を窺う重鎮のような役柄。そして先鋒として被検体に選ばれたのは、セカンドランクと位置付けられたチームのキャプテンだった。
 いつも明るくて負けず嫌いで、諺が得意な努力家だった。

 新緑色のポニーテールがトレードマークの、誰より大切な幼馴染だった。



* * *



「あ……は、ふぁ……」

 涎を垂らしただらしのない表情のまま、吐精の余韻に浸る瞳はどこまでも空虚だ。赤く充血した二つの尖り、全身に散らされた吸痕と爪傷。汗と精液と裂傷の血に塗れた下半身。

 情欲に狂った玩具の姿が、そこには在った。



「グ……ラン、さま……」
「……少し、休んで」


 なおも伸びてくる手を遮り、そっと瞼を閉じさせる。途端に電池が切れたようにぱたりと倒れこんだレーゼの身体の、微かに上下する胸だけが彼が『生きている』ことを証明していた。 
 涙に腫れたその目元が、針のような痛みを伴って心臓を突き刺す。






 いつの間にか父の周りには研究員と称して見知らぬ人間が大勢集まっており、彼らの手によって自分達は幾つかの階級に分けられた。自分が振り分けられたのはマスターランク、つまりは最上位のチーム。要するに優秀な手駒だと判断されたのだ。
 だからこそ、その優れた駒よりも、彼らが下位だと判した駒をモルモットにすることにしたのだろう。万が一再起不能になったときの損失がより小さい方を。


 “君が引き受けてくれたのなら、他の子たちが苦しまずにすむ”


 そんなことを言われて、あの子が首を縦に振らない筈がない。誰よりも優しくて、不器用で、全てを抱え込んでしまう子が。

「う…………っ」

 見つめていた寝顔が苦しそうに歪んだ。眠りの中にも、彼の安らぎは無いらしい。激しい行為によって乱れ、額に貼り付いた髪をそっと払い、流れるように頬を撫でる。そうすることで顰められた眉が少しだけ和らいだ気がしたので、そのままゆるゆるとその行為を繰り返した。



「……俺の名前まで使われるなんて、ね」




 ――ひとりだけ、名乗り出てくれた子がいるんだけどね。このままじゃあ彼が被験体に選ばれることは避けられない。友達をそんな目に遭わせたくないだろう?――


 初めからそんなつもりなんて無かった癖に。真綿で首を絞めるように、あの子の逃げ道を悉く塞いで。自ら生贄となることを採択させて。
 自分の境遇を全て受け入れ、最後には微笑みすら浮かべて向かっていったあの子の姿は、その時を境にいなくなった。


 代わりに戻ってきたのは、石がもたらす負荷に耐え切れずに心を壊し、誰彼構わず脚を開くようになった木偶。薬が効いている間以外は理性すら失い、熱を求め続けるだけのレーゼという哀れな人形だった。


「俺が、余計なことをしなければ良かったのかな」

 自分から志願などせずに、ただ唯々諾々と言われたことを守っていれば。ひょっとしたらこの事態を避けられたのかも知れない。
 或いはそのもっと前から。父が暴走する前に、きちんと止めていたならば。

 たくさんの「もしも」が責苦となって降り注ぐ。けれど今更どうしようもなかった。エイリア計画はとうの昔に止まることの出来ない段階まで進行してしまい、レーゼの結果を受けて改良の進んだエイリア石は副作用を引き起こすこともなく、今やたくさんの子供達に使用されていた。自分自身もそんな彼らを相手にハイソルジャーとして徹底的に鍛えられ、今ではジェネシスの称号を手にするまでに至っている。


 現在、レーゼは指示を受けて各地の学校を攻撃して廻っている。刃向かう者は容赦なく斬り捨て、完膚なきまでに叩きのめす。任務にあたっている間は特別に処方された薬を使用することで正気を取り戻し、破壊を繰り返している。勿論その間は普段の自分がどんな状態であるかなど覚えてはいない。
 そうして薬が切れた途端に、あの虚ろな瞳でしなだれるのだ。使いを終えた子供が飴玉を強請るように、淫らな情交を欲するのだ。

 自分が初めてその事実を知ったとき、既にレーゼの身体には他の男の精の臭いがした。恐らく研究員の間で慰み者にでもされていたのだろう。その後すぐに、自分の持てる全てのものを駆使して彼の身柄を引き取った。マスターランクを率いる者であること、大勢の子供達の中でも、特別吉良星二郎に目をかけられている存在であること。普段は極力遠ざけるようにしているその地位や特権を振り翳し、以降は任務以外でのレーゼに関わる事柄は全て引き受けた。尽きることのない彼の淫欲を、自身が満たすようにした。
 有り体に言うならば自分は、レーゼという名の性奴を囲ったのだ。



「あ…………」
「……ごめん、起こしたかい」

 何度も頬を撫でているうちに、閉じられていた瞼が薄らと開いた。何も映さない瞳のまま、するすると自分の手に自らのそれを絡め、口元に運び、ちゅ、ちゅ、と音を立てて愛撫する。指の付け根を舌で舐め、指先を腔内に含んで幼子のようにしゃぶり付く。ただひたすらにこちらの情動を掻き立てていく。

「グラン、様……。ん、ふぅ……」
「レーゼ」

 誘われるままに唇を奪い、舌を絡める。歯列をなぞり、頬の裏の粘膜を舐め、呼吸すら吸い尽くす程に貪って唾液を混ぜあわせる。ぴちゃぴちゃと鳴り響く音がとうに麻痺した思考を更に揺さぶっていく。
 そのまま手を動かして肌を探り、胸の頂を指で責める。初めは柔らかだったそこは刺激を受ける度に固くなり、すぐにぷっくりと立ち上がって存在を主張した。先端を甘噛みし、吸い上げる度に嬌声が上がる。

「やあ……っ、もっと、吸ってぇ……」
 
 唾液に濡れそぼった胸を反らし、もっと、もっとと強請って身体をくねらせるレーゼに誘われるまま、より強く吸う。赤く腫れた乳首を舌で虐めて、たくさんの赤い痣を付けた。
 
「あぁ! ひぁあ……。ん、ひうっ!!」
「っ、うあ……」

 つい先刻まで牡を受け入れていた蕾は、指で慣らさずとも深々と屹立を受け入れた。放出した精が潤滑剤の代わりとなってどこまでも自分を飲み込んでいく。律動の度にぐちゅぐちゅと淫らに鼓膜を揺らし、内腿がぶつかって汗が絡む。
 そのまま腰を抱え、レーゼの身体を殆ど二つに折り曲げるような姿勢で抽送を再開する。自分の性器から滲み出た白濁が胸元や顔にまで飛び散るのすら構わずに、レーゼはひたすらに乱れ続けた。


「あ、いぃ、ぐらんさま、ああああぁあああ!!」
「――――ッ!!」

 頭の中が白い閃光で染まり、ちかちかと燐光が弾ける感覚に陥る。恐ろしいまでの愉悦の中、吐き出された熱を受けてレーゼの身体がびくびくと震えた。

「あ、ああ……。グラン、さま……」
「レー、ゼ……」






「お願い……、私を、壊して……」





 涙と汗と唾液に塗れ、魚のように口を二、三度開閉したかと思うと、今度こそレーゼは気を失った。それまで縋り付いていた手がぱたりと沈む。
 その頬をもう一度だけ撫でて、高まった息を澱みと共に深く吐き出した。



「……レーゼ……」



 レーゼを正気に戻す薬は必要最低限しか支給されない。服用することによって、万が一にもエイリア石への影響があってはならないから。奴らにとってはレーゼの精神を安定させることより、エイリア石によって強化した身体能力を維持させることの方が重要なのだ。
 利用するだけ利用されて、遂には人としての尊厳まで失ってしまったレーゼを、せめて守ってやりたかった。レーゼが求め続ける限り、その渇きを潤してやりたかった。



 けれどそんなもの、所詮自分のエゴでしかないと言われて誰が否定出来るだろうか。



「……俺は……」



 本当はずっと好きだったのだ。明るくて頑張り屋のあの子が。誰にでも屈託なく笑いかけるあの子が。サッカーが大好きな、友のような弟のようなあの子が。好きだった。恋をしていた。ずっと触れたいと思っていた。
 けれどそれは叶わぬ想いだから、心の底に封印して。誰にも言わず本人にも告げず、ただあの笑顔を見守っていようと思っていた。思っていた、んだ。

 今、どんな形であれこうしてレーゼを抱いている自分は、深い悲しみと怒りと絶望の奥に確かな悦びを感じている。レーゼの身体を我が物として貪ることに、仄暗い歓喜を覚えている。


 レーゼが自分に縋り、自分を求める姿にどうしようもなく興奮してしまう。




「…………俺は…………」



 こんなつもりじゃなかった。こんな風に結ばれたい訳じゃなかった。けれどこんなことでもなければ、きっと触れることなんて叶わなかった。
 守りたいだなんて嘘だ。どこの誰とも知れぬ奴らに汚されるのが我慢ならなかっただけだ。醜い嫉妬と独占欲だ。

 ぽたぽたとレーゼの顔に水滴が落ちた。それが自分の涙だと、理解するまでに時間が掛かった。
 重力に従って目尻を流れたそれは、まるで彼自身が泣いているようだった。


「レーゼ、レーゼ……。……リュウジっ」


 抱き締めた躯体は今にも折れそうにやつれていた。石による無理な強化と夜毎の激しい性交渉は着実に彼の身体を蝕んでいる。
 それでも。自分が彼に与えられるものはそれくらいしか無かった。

「ごめん……ごめんね……。守れなくて、ごめん……!」

 そっと重ねた唇は荒れていて、その感触にまた涙が浮かんだ。

 ああ、父さん。姉さん。もし居るのなら神様、どうか。俺はどうなっても構わないから、この子をどうか救って下さい。もうこれ以上壊さないで。

 そして出来ることなら教えて下さい。









 この口付けにすら高鳴る鼓動は、罪なのですか。








end.



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