アトランティスから宇宙まで 震える手で携帯の通話ボタンを押した。二度、三度とコール音が鳴るのに比例して心臓の鼓動が早まっていく。 何で俺は電話なんかしているんだろう。そりゃいつでも電話してねって言われたし、っていうかしないと駄目とまで言われてるんだけどよりによってこのタイミングで初電話とかどうなんだろう。何話せばいいんだ。試合お疲れ様とでも言うのか? 頑張ったね、残念だったねなんて白々しいにも程がある。皆が頑張ってたことなんて百も承知だし、残念だなんて言葉で片付けられる訳もない。悔しさも歯がゆさも全部、俺も皆と同じく痛いほど身に沁みているから。 でもでも、そしたら余計に何を話せばいいんだろう! 『……のさ、もしもし? 緑川?』 「うわっ!?」 『あ、よかった。通じてた』 「ひひひひヒロト、いつの間に出てたの!?」 『4コール目くらいから。何度話しかけても全然返事がないから、晴矢あたりの悪戯かと思ったよ』 「ご、ごめん、考え事してて」 うわー全く気付かなかった。何やってんだ俺、恥ずかしい……。 『で、どうかしたの?』 「どう、っていうか……」 どうしよう。 「あ、あのさ、」 『……もしかしなくても、今日の試合のこと、だよね』 「…………そう、です」 なんで敬語なんだ俺。 電話口の向こうの空気が一気に重くなった気がする。やっぱり電話するべきじゃなかったよなあ。疲れてるだろうし、負けた試合のことを話されるなんて嫌に決まってるよな。なんでこう俺は気が利かないのか。 『ごめん』 ほらヒロトだって怒って……。 あれ? 「え、ヒロト、今なんて」 『ごめん、緑川。……守れなくて』 「守るって、え? 何を」 『緑川が戻ってくるまでイナズマジャパンを守るって、お前が帰ってくる場所を守るって決めてたのに、守れなかった。俺の責任だ。俺がもっと強ければ、緑川に今日みたいな試合を見せずに済んだ。だから、ごめん』 「……何、それ」 なんで。 なんでヒロトが謝るんだ。なんでヒロトが悪いみたいな、そんな言い方するんだ。 なんでヒロトに謝られなくちゃいけないんだ! 「……ふざけるなよ」 『緑川?』 「なんでヒロトが謝るんだよ。全部ヒロトが悪いって言いたいのか? 責任って、今日みたいな試合って、“みたい”ってどういう意味だよ。今日の試合の何が“みたい”なんて言い方されなきゃいけないんだよ!!」 『……緑川』 腹が立った。めちゃくちゃ腹が立った。 そして腹立たしいのと同じくらい、悔しかった。 「今日の試合、そんなに酷いものだったか? 俺はそうは思わなかった。皆凄かったじゃないか。キャプテン達が居ない状況でアルゼンチン相手にあそこまで戦えるなんて。そりゃあ最初の方は大変そうだったけど、ヒロトが皆に指示を出して、流れが変わって。立向居や木暮、壁山や栗松の活躍とか、風丸が身体張ってカットしたのとか、ヒロトと豪炎寺と虎丸の新技とか、皆必死に戦ってたじゃないか」 『……でも、負けた』 「負けたらそれでお終いなのか!」 違う、違うよヒロト。負けたら負けただけ、ちゃんと得るものがあるんだ。負けなきゃ得られないものだってあるんだ。どんな結果が出ようと、サッカーは必ず俺達に何かを与えてくれるんだ。それを俺達は学んだ筈だ、雷門中との戦いで。 「……俺は、俺はヒロトが司令塔をやってる姿を見て、嬉しかった」 『緑川、』 「ヒロトの指示で皆が立て直していく姿を見て、凄くどきどきした。キャプテン達がいなくても、イナズマジャパンにはこんなに凄い奴がいるんだって、アルゼンチンの奴らに、世界中に自慢したくなったよ」 『!』 「試合には負けたかもしれないけど、試合の内容が負けてたとは俺は思わない。皆が全力で戦ってたってこと、一緒のチームにいた俺にはよく分かったよ。俺だけじゃない、あの試合を見ていた人達全員が分かってる。なのにお前がそれを否定するのか!!」 ああ、言いたい事が全然纏まってない。こんな偉そうなことを言いたかった訳じゃない。きっと疲れているだろうヒロトのことを少しでも労いたかった、力になりたかった、ただそれだけだったのに。 でも、伝えなければ。あの試合は決して無駄なものではなかったこと。フィールドに立つ皆の姿がとても格好良かったこと。 司令塔として、キャプテンとして駆けるヒロトが誰よりも眩しかったことを。俺が伝えないで誰が伝えるというのか。 電話の向こうのヒロトは沈黙したままで、俺もそれきり言葉が続かなくて。嫌な感じの静寂がその場を包んでいた。……遠く離れた場所なのに、同じ空気に包まれるというのもおかしな話ではあるけれど。 やがて耳に当てた携帯の向こうで、ヒロトが小さく息を吸い込む音が聞こえた。 『……緑川』 「……なに」 『ひとつ訂正させて。緑川は一緒のチームに“いた”んじゃない。今も一緒だ。イナズマジャパンの、一員だよ』 「!!」 そう言ったヒロトの声は普段通りの、あの落ち着いているのに自信に満ちた声で。さっきまでの翳りが消えた、よく通る綺麗な声だった。 いつもの、俺が好きな、ヒロトの声だ。 『ごめん。……ありがとう、緑川。俺、大事なことを忘れてたね。円堂君達が居ない重圧の中で、お前に格好悪いとこ見せたくなくて気負い過ぎてたみたいだ』 「〜全くだよ! あんまり情けないこと言わないでくれよな!」 『あはは、仰る通りです』 だから! 違うよなんでこの口はそう生意気なことばっか言うかな! 素直に元気になって良かったって言えばいいだけのことだろう! そんな内心の思いとは裏腹に、相変わらず調子のいい俺の口は好き勝手な言葉ばかりを紡いでいく。何しに電話したんだか。 「ほんと、ヒロトは肝心なとこでメンタル弱いんだから」 『そうだね』 お前も否定しろよヒロト! 「やっぱりヒロトは俺が側にいないと駄目だなー、なんて!」 『……そうだね』 だから肯定するなって……、あれ? 『俺はやっぱり、緑川がいないと調子出ないみたいだ。……だから早く戻っておいで』 「ヒロト、」 『早くお前と一緒にサッカーがしたい。電話越しじゃない声を聞いて、髪に触れて、抱き締めたい。……好きだよ、リュウジ』 俺は真っ赤になって、息をするのも忘れて携帯の向こうにただ耳を澄ませていた。ヒロトの少し低くて艶のある声で告げられた言葉がぐるぐる頭の中を渦巻いている。心臓の鼓動があっちにも聞こえてしまわないかと心配になるくらいにうるさく高鳴っていた。 「……ぉれ、」 声が掠れてひっくり返った。もう一度息を吸い、唾を飲み込んでから改めて言い直す。 「俺、も、戻りたい。……戻るから。待ってて、ヒロト」 『うん』 「……すき、」 『うん。俺も好き』 うっかり涙が滲みそうになって、慌てて掌で眦を擦った。こんなことで泣くなんて女々しいにも程がある。 あーあ。励ますつもりで電話したのに、偉そうに説教した挙げ句こっちが元気付けられるとか本末転倒もいいとこだ。 いっそ伝送路を通じてこの身体が丸ごとヒロトの元へと辿り着ければ、思い切り抱きついてしまえるのに。 こんな風にまどろっこしく言葉を重ねなくたって、ただそれだけでいいのにな。 end. 戻る |