啼いているのはナイチンゲール<後> 咥内に広がる質量にくらりと眩暈を覚えそうになる。溢れた唾液がぽたぽたとシーツに垂れるけどそんなことはどうでもよかった。息が苦しいし顎も痛いけど辛くはない。舌に感じる僅かな苦味も、今は只の興奮剤と同じだ。 「……っリュウジ……苦しくない?」 「ん……ふぇいひ」 平気、って言いたかったんだけど、案の定言葉にはならなかった。こんな状態でまともに喋れる筈もないけど。 一旦口を離してから、裏筋をつう、と舌先でなぞる。そのまま先端へ移動。耳に微かに届くヒロトの熱っぽい吐息が、俺をどんどん煽っていく。 「……リュウジ」 「んぅ……?」 「もう、いいから」 「……どぉして?」 「早く、繋がりたい」 低く掠れた声で囁かれては、流石に無視する事はできなかった。もう少し、ヒロトに気持ち良くなって欲しかったのに。 でも俺自身も、もう限界が近付いていたから仕方ない。顔を上げ、再びヒロトの上に跨る体勢を取った。 「あ……」 そういえば、後ろってどうしたらいいんだろう。いつもヒロトがするときは、指とか舌で徹底的に解されるんだけど。自分じゃ舌なんて無理だし、というか嫌だし。やっぱり指、か? このまま入れていいものなのかなぁ。 きちんとしておかないと、俺は勿論ヒロトだって辛い筈だから。悦くなって欲しくてやり始めたのに、苦しい思いをさせたら本末転倒だ。 「リュウジ?」 「……ひろと」 「やり方、分からない?」 「…………」 こくりと素直に頷いた。下手に意地を張って怪我をするようなことだけは避けたい。一人で頑張りたいとは思ったけど、助言だってたまには必要だ。 薄いブラケットライトの明かりの中で、ヒロトが小さく笑ったのが見えた。 「手、貸して」 言葉通りに右手を差し出すと、ヒロトは徐に指先を口に含んだ。そのまま舌でなぶられる。爪の隙間から指の付け根までじっくりと、まるで先刻俺がヒロトにしていたように。ヒロトの柔らかな舌が動く度に、俺はびくびくと感電したように震えていた。 「あっ……ん、や……っ」 「……一番の障害は、痛みや狭さじゃなくて渇きなんだ。勝手に潤ってくることなんてないから、まず始めにしっかり濡らさないといけない」 「ん……っ」 ちゅく、と音を立ててヒロトの舌が離れる。俺の指先はこの薄灯でも分かる程にてらてらと光っていて、それがひどく扇情的だった。 「そのまま、後ろにゆっくり挿れて。始めはひとつ。慣れてきたら、もうひとつ」 「う……、んぁ」 ヒロトに言われるがまま、俺は人差し指をゆっくりと自分の中に沈めていった。少しずつ押し進めていって、落ち着いたら中指も挿れる。ほんのちょっとずつ、呼吸に合わせるように。 「あ、は……っ」 「大丈夫? ゆっくりでいいから。落ち着いたら中で指を動かしてみて……。そう、上手だ」 「やっ、あ、ひぁっ!」 甘い声と共にするりと内腿を撫でられて、びくりと身体が跳ねる。その振動で内壁を刺激してしまい、思わず嬌声が漏れた。 「ひぁん!」 「動かしながら、もっと奥まで指を進めて。少しずつ……」 今入っているのは間違いなく自分の指なのに、まるでヒロトの長い指が俺の中にいるみたいで、どんどん身体が熱くなっていく。自分の意志で動かしているのか、ヒロトに動かされているのか。そんなことすら分からなくなって。 「あ、あぁ……、ひっ」 「一番奥まで入ったら、そこで少し右に指を捻って。そしたら……中指を曲げて」 「う、……あぁっ!?」 言われた通りに指を曲げた途端、信じられないくらいの快感が全身を駆け巡った。な、何、これ! 「ひゃあ! あ、っやああ!」 「そこが、リュウジがいつも感じるところ。そこを重点的に触って」 「あああぁ!」 指で刺激が走るのか、刺激のせいで指が動いているのか。俺の思考はすっかり置き去りになって、ただひたすら身体が愉悦を求めている。とっくの昔に勃ち上がっていた先端からは先走りが滴ってヒロトの下腹部を汚していた。 「あぁ、あああぁあん!」 「……っねえ、リュウジ……。もう、いい……?」 「っあ、ひろ、と……っ」 熱に浮かされたヒロトの視線に、俺の中の欲がずくん、と疼く。蕩けそうな双つの翠が記憶を呼び起こす。俺はもっと、強い快楽をもたらすものを知っている。 それが堪らなく欲しくて。ぐずぐずの指を引き抜くと、自分から解した入り口へと宛てがった。 「――――ああああっ!!」 「……っ!!」 少し腰を落としただけで、目の前が焼き切れそうになった。圧倒的な質量を胎内に感じてがくがくと膝が笑う。 先端を呑み込んでから、そのまま徐々にヒロトを中に迎えて。最奥まで辿り着いたときには俺はだらしなく口を開け、駆け巡る熱のままに荒い呼吸を繰り返していた。 「あ、ひろと、ひろとぉ……」 「リュウジの中、熱いね……。俺、このままだと食いちぎられそうだ……っ」 「あぅ、っは、あん……っ」 声だけでもはっきりと分かる、ヒロトが欲情していることが。俺がどうしようもなくなっているように、ヒロトもまた興奮しているんだ。お互いに。 そんなヒロトがもっと見たくて。掠れたような甘く低い声をもっと聴きたくて、俺は自ら腰を動かし始めた。 「んぁ、やぁん! っあ、ああ!」 「ぅあ……っく、は……っ!」 「あぁあ、ヒロト、ひろと、きもちいい?」 「……っうん、最高……っ」 「よか、っ、ああ!」 さっきヒロトに教えてもらったところに当たるように身体の位置を調節していたら、耐えきれなくなった膝が崩れてしまい、ヒロトの方へと倒れこんでしまいそうになった。それを支えようとしたヒロトの手が腰に触れて、その感覚だけで体温が上がった。 「ひろっ、ひろとぉ、おれ、も、いっちゃ……、あぅっ!」 「いいよ、イって……!」 そのまま両手で腰を掴まれ、下から勢い良く突き上げられた。俺はその揺さ振りに耐え切れず、とうとうヒロトの上で達してしまった。 「っああぁああああ!!」 「くっ、ぅあ……っ!」 少し遅れて、胎内にヒロトの熱を感じる。しばらくはお互いはぁはぁと荒い息をついたまま、その感覚に酔いしれた。 * * * 「あ……、はぁ……っ」 「ふぅ……。お疲れ様、リュウジ」 「……さいご、俺、自分で頑張りたかったのに」 「あは、ごめん。リュウジがあんまりえっちで可愛いからつい」 額を伝う汗を拭いながら、そう悪びれもせず笑うヒロトに、俺も憎まれ口が引っ込んでしまった。 「……ヒロト、気持ち良かったんだよね?」 「勿論。さっき言っただろ、最高だって」 「そっか。なら、いいや」 どっちが主導権を握るとか、そういうことじゃなく。俺がヒロトを好きで、ヒロトが俺を好きと言ってくれて。それでお互い気持ち良くなれれば、それでいいんだ。そんな当たり前のことを、今更ながらに痛感した。 こんな夜を共に過ごせるということが、とても嬉しい。 「……三千世界の鴉を殺し、か」 「ん? 何だっけ、それ」 「朝を告げる鳥を殺して、ずっと二人の夜を過ごしたい……みたいな意味だったかな。他にも色々解釈があるみたいだけど」 「ああ、ひばりとナイチンゲールみたいなものか」 「……何それ? それは知らないや」 「西洋古典の一節だよ。夜を共にした男女が朝を迎えたとき、男との別れを惜しんだ女が、外から聞こえるひばりの囀りをナイチンゲールの声だって言って男を引き留めようとするんだ」 「へえ……」 ナイチンゲールはヨナキウグイスとも言って、名前の通り夜に鳴く鳥だ。まだ夜だからここにいてと嘆願する女の気持ちも、今ならよく分かる。 朝を迎えずに、ずっとこのままで。それもいいかと思うくらいに、俺もヒロトも、お互いに溺れてしまっているのだから。 「さて。少し落ち着いたところで、リュウジ」 「ん?」 「次はいつもみたいに、俺の下で啼いてみせてよ」 end. 戻る |