狼少年と一匹狼




 ろくに慣らしもしないで挿入され、お前のことなど構うものかと言わんばかりに乱暴に突かれて、緑川はただ歯を食いしばって激痛に耐えていた。どうせ直に終わるのだ。自分に出来ることはただ、少しでも相手が早く達するように締め付けてやるだけ。

「ぅぐ、……っふ!」
「……はっ、随分大人しいじゃねぇか」
「……声、出す……が……好き……? あッ!」
「あ? 俺はどっちでも……、いや、やっぱ啼いてろ。我慢させんのはまた今度だ」

 そう言うと不動は一層激しく揺さぶり始めた。繋ぎ目が裂けて血が滲み、それが潤滑剤となって動きを助ける。痛みの中に生まれ始めた快楽に、緑川は素直に嬌声を上げた。

「ああぁ!あっ、ひぁ、ああっ!」
「てめえも、大概なマゾ野郎だよな……っ。こんなことされといて感じるなんて、よ」
「あぁ、やっ、んああ!」

 不動の呟きが聞こえなかったのか、或いは聞こえていて無視したのか。緑川はただ望まれたとおりひたすらに声を上げ、自ら腰を揺らして絶頂を誘った。

「んあ、ああっ、ああああああぁっ!!」
「……っ、く……っ!」

 互いの欲望が放たれ、あとは荒い呼吸の音が静かに部屋に反響した。


* * *


「慣れてるんだ」
「あ? 何に」
「こういうことに」
「……そりゃあ結構なことで」

 身体を汚す精液をぞんざいに拭い、何をするでもなくただ休んでいたときにぽつりと告げられた言葉に、不動は無感動にそう返した。

「慣れてるから、少しでも痛くなくなるように身体が勝手に反応するんだ」
「……ああ」

 そういうことか、と不動は思った。聞いていないようでしっかり聞いていたらしい。そして割と気にしていた。こちらの言うことになど無関心だと思っていたのに。思わず嗤いがこみ上げる。

「でもどっちにしろ、それで悦んでりゃあマゾなんじゃねえの」
「……そうかもな」

 はは、と渇いた笑いが零れた。先刻散々啼いたせいか、その声は微かに掠れていた。
 それきり会話が途切れる。
 その沈黙が苦しい訳でも何でもなかったのだが、ただ今まで何度も身体を重ねた中で、こんな風に自分に纏わることを緑川が語ることは一度も無かった。ほんの僅かに生まれた好奇心を満たすため、不動はその話題をもう少し追及してみることにした。

「……いつからだ」
「え?」
「慣れてんだろ。いつからヤってんのかって訊いてんだ。いや、ヤられてるの間違いか」

 わざと皮肉めいた笑みを浮かべてみせる不動に、緑川も口の端に苦笑を刻んだ。傍目では判別出来ないほど微かに。

「エイリア計画が始まって少ししてから、かな」
「へえ。ジェミニストームとか言うチームは、性欲処理の役目も任されてたのか」
「まさか、女の子だっているんだし。俺だけだよ」
「それこそ何でお前なんだよ」
「さあ? 俺は所詮下っ端だったし。上の人の考えなんて知らないさ」
「上って誰だよ」
「グラン様」

 グラン。その異名を持つ者は確か、今現在同じチームの中に居た。いつも底知れない笑を浮かべていて、気持ち悪い野郎だと思っていたそいつ。

「成程な。じゃあエイリア時代はあいつに毎晩抱かれてたのか」
「流石に毎晩ではないけど。グラン様の気が向いたときにだから、何日もない場合もあれば、一日に何度も呼び出されたりした。他の誰かにもされた気はするけどよく覚えてない。殆どはグラン様相手だったよ」

 不動は何食わぬ顔でチームに溶け込み、緑川にも親しく接しているその人物のことを敬遠しておいて正解だったと思った。よくもまあ自分の欲望を処理させていた相手にいけしゃあしゃあと親しげにしていられるものだ。自分のように相手を見下している訳でもなく、さも気に掛けている風を装って。あの笑顔の奥で何を考えているのか、不動はほんの一瞬だけ考えて、そしてすぐ止めた。そんなもの想像自体したくもない。

「はっ。好き好んで野郎を犯すだなんて信じらんねぇ変態だな」
「そんなの、お前も他人のこと言えないだろ」
「俺の事はどうでもいんだよ。つーかてめえ、理由も分からずに抱かれてやがったのか。やっぱりマゾだな」
「…………」

 緑川はゆっくりと瞬きをした。言われた言葉を噛み締めるように。

「……別に、それでも良かったんだ」
「はぁ?」

 不動は思わず目を見開いた。こいつは真性だったのか。
 しかし視線の先の表情は、色に狂った人間が浮かべるそれではなかった。どちらかと言えば、それは。

「どんなに足掻いても、さぎぬ……デザーム様を始めとする上位ランクチームの人達には適わなかったし。弱い俺に出来るのは、その人達の為に頑張ることくらいだよ」
「だから望まれれば下の世話もするってか」
「そうさ。俺が大人しく言うことを聞いていればジェミニストームの皆には手出ししないって約束もあったし。そんなことで役に立てるのなら、俺はそれで良かったんだ」
「とことん自虐的なんだな。いっそ清々しいぜ」
「ありがと。褒め言葉として受け取っておく」

 緑川がそう言うと、不動は半身だけ起こしていた彼の身体を再び寝台の上に押し倒した。ぎし、と木材が軋む音がする。白いリネンのシーツの上にばさりと長い緑髪が広がった。

「……またするのか? もう少し休ませて欲しいんだけど」
「知るか。俺は今ヤりてえんだよ」
「勝手な……うぁっ!」
「っ、ほらな、挿れた途端にこんな締めてきやがって、所詮はこうされんのがイイんだろうが」

 そう言って不動は力任せに緑川の脚を開き、繋がった局部をぐいぐいと見せつけるように動いた。
 血液と精液が混じり合って、抜き差しの度に卑猥な音を立てる。おそらくわざとなのだろうが、しかしその水音が愉悦に溺れる緑川の鼓膜に響くことはなかった。

「はあっ、あ、あん!ああ、ああぁっ!」
「そうだ、啼け。喉がイカれるくらい啼いてろよ」
「ん……な、無理……っああああ!!」


 再びの絶頂を迎え、胎内に劣情を受け入れると、とうとう緑川は意識を手放した。



* * *



 気絶した緑川をそのまま部屋に放置して、不動はシャワーを浴びていた。鍵など掛けてきていない。どうせ誰も入りはしないだろう。入ったところで知った事ではないが。
 熱い湯が身体に付着した様々な体液を洗い流していく。小さく痛みが走って、見てみると右腕に爪型の傷がついていた。その傷を無意識に舌でなぞってから、不動は同じ箇所に思い切り噛み付いた。
 新たに生まれた傷から、鮮血がじわじわと流れ出す。


「……俺は利用するのは大好きだがな、利用されるのは大嫌いなんだよ」

 娼婦のような振る舞いをして、わざと生意気な態度を取ってこちらを挑発して。
 セックスで意識を飛ばさなければ碌に眠ることすら出来ない奴のつけた傷など自分は認めない。

 あの赤髪で白い肌をしたチームメイトの腕に、妙な蚯蚓腫れの痕がうっすら残っていることも。




end.


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