ディーラーと鹿


「緑川ってさ、やらしいよね」
「……はぁ?」

 そう言われて、俺は思わず声を漏らした。ものっすごい呆れた感じの。
 この状況で、この流れでそんなこと言うとか本当に信じられない。ふざけんなよバーカと殴ってもいい位だけど、そんな怒りすら最早通り越してしまった。それくらいバカな発言だった。

 そもそも今がどんな状況かと言うと、真っ最中である。うん、何の? って訊くような野暮な人はいないよね。ナニです。今は真夜中でしかも金曜の夜で明日は練習も休みで、シチュエーション的にはもってこいな感じの日です。ここまで条件が揃えばもう自ずと分かるってものだよね。
 俺はヒロトに揺さぶられた所為で既に何度か極まってて、ついさっきも出したばかりだ。だから今はぜいぜい言いながら息を整えているところで、おまけにまだ体内にヒロトが入り込んでる。いい加減抜けよばか、とか思いながら熱が引くのを待っていたら言われたのだ、先刻の言葉を。
 第一、事ここに至ったきっかけもヒロトによるものなのだ。俺はベッドに横になりながらサッカー雑誌を見ていて、そろそろ寝ようかな〜と考えていたら突然ノックもなしにやって来て、「しよう」と言ったきりこちらの話も聞かずに服を脱がしてきた。俺が嫌だ、眠い、疲れた、と散々拒否したのにも関わらずだ。百歩譲って明日の夜にしようと言ってもお構いなしだった。
 まあ、本当に本気で抵抗したのかと問われれば嘘になる。思い切り蹴飛ばすなり何なりすれば流石にヒロトも無理強いはしないだろう。
 けれど俺もヒロトもサッカーをやっている。もし万が一にでもこんなことで怪我をする羽目になったりしたらあまりにもチームの皆に申し訳が立たない。
 大体、俺だってヒロトのことが好きなのだから。こんな風に強引に求められることも、そりゃ少しは嬉しくもある。

 けれど絶対、断固として俺から望んだことではないのだ。嫌がる俺を無理やり押さえつけて脱がせてあんなとこやこんなとこを触ったり摘んだり舐めたりしてきたヒロトが悪いのだ。それを言うに事欠いて俺がいやらしいとかふざけんな。何言ってるんだこいつ頭沸いてるんじゃないの。

「何言ってるんだこいつ頭沸いてるんじゃないの」
「緑川、考えてることが漏れてる」
「俺正直者だから」

 誤魔化しもせずにそう告げるとヒロトははぁ、と息を吐いた。溜め息つきたいのはこっちだバカ。

「さっきまでは涙目で真っ赤な顔してあんあん言っててすごく可愛かったのに……」
「運動すれば顔は紅潮するし、元来受け入れる場所じゃないとこに突っ込まれれば痛みで涙も出るし、気持ち良ければ喘ぎもするよ」
「そんな淡々と解説しないでよ。冷めるの早すぎない?」
「ヒロトが馬鹿なこと言うから萎えちゃったんだよ」

 これならいっそ達してすぐに次ラウンド始められた方が精神的には良かったとさえ思う。体力的には置いといて。

「大体、人のことやらしい奴呼ばわりして、どうせ俺がそんなことないもん! とか言って恥ずかしがるのを期待してたんでしょ?」
「まあその通りなんだけど。でもやらしいなあと思ったのも本当だよ」
「そんなこと思われても嬉しくないし。つうかなにその安っぽいAVみたいな展開」
「え、緑川AVなんて見たことあるの」
「思春期なんだし、そりゃあるよ。ほんの数回だけど。ヒロトだってあるでしょ?」
「それはまあ思春期だし」
「でしょー」

 俺達ぐらいの年齢というのは、大人が認識している以上に性に対して関心が強い。そのテの本や映像なんて、余程の奴じゃない限り一度は目にした経験があるものだ。
 ……て、おい、こら。この変態。

「な……に、でかくなってるんだ……っ」

 これまでずっと俺の中で沈黙していたヒロトの性器が首をもたげた。先端が俺の前立腺を掠めて、否応無しに身体がびくりと震える。それを見たヒロトがあは、と掠れた声で笑った。目も口も三日月みたいに歪めて、はっきり言って今のこいつの表情のが相当いやらしい。

「んー、ぶっちゃけAVを見て興奮している緑川を想像して興奮した的な?」
「変態! 変態! へんたい! ……っあ」
「いいよ変態で。思春期だし。もう一回しよ?」
「……ほんと変態」
「もっと言っていいよ。ぞくぞくする」

 そう言ったのを皮切りに、ヒロトは激しく突き上げ始めた。何がもっと言って、だ。これじゃ言葉なんて喋れる訳がないだろ。

「ひぁ! あ、あぁ、ん、ああああっ!」
「……っ、は、やっぱ、やらし……っ!」

 最高、と呟かれたその声色ですら、今では快楽をもたらす刺激に変わる。
 それからはお互いイミのない嬌声を上げるばかりで、時折唾液を交えたりしながら、身の内を逆巻く熱に溺れた。



* * *



「何がもう一回だよ……。全然一回で済んでないし。腰痛い、喉も痛い、どうしてくれるんだ」
「大丈夫、俺も痛いから」
「大丈夫って言葉の使い方確認してこいよ」

 シーツは汗と精液でぐちゃぐちゃだ。これは早急に洗濯しないといけないだろうな。ああ、貴重な休日がこんなことで潰れていくだなんて。全部ヒロトのせいだ。

「全部ヒロトのせいだ」
「だから緑川、モノローグが漏れてる」
「ごめんな正直者で」

 洗濯もそうだし、まず風呂に入りたい。シャワーを浴びたい。隅から隅まで洗い流して、この不快なべたつきを消し去ってしまいたい。

 けれど今はそれ以上に眠かった。さっさとやるべきことを先にやってしまった方がいいというのは痛いほど分かっているけど、この瞼と瞼が引かれ合う力にはどうやら抗えそうにない。駄目だ、寝る……。

「……リュウジ? 寝ちゃうの?」
「……ロトの、せい……」

 それきり俺の思考は途切れた。何となくヒロトがリュウジのせいだよって言ってたような気がしたけど、まあそれは気のせいだろう。

 俺がやらしい顔をするっていうのも、こんな風にえっちに励んでくたくたになってしまうのも、元を正せばヒロトがやらしいせいなんだから。



end.





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