カストルポルックス


 俺は朝食は白米派でヒロトはパン派。別にお互い絶対それじゃなきゃ嫌だって訳でもないから、大抵は交互に作る。
 俺からすれば米を食べないと何だかお腹に力が入らない気がするし、ヒロトからすると朝にごはんは重すぎるんだとか。そういえばヒロトって食細いよなー。出された物は一応残さず食べるけど、おかわりなんかはしてるの見たことない。育ち盛りの男子が一膳で足りるものなんだろうか?
 でもってその割に流星ブレードとか物凄い威力だし、意外と腕力もあるし、もう不思議としか言い様がない。ちなみにヒロト曰く「緑川のどこにそんなに食べ物が消えていくのかって方がよっぽど不思議」らしい。別に普通だと思うんだけど。
 まあそれはさておき、今週の食事当番は俺で、今日はパンの日。だから俺はこうしてとりとめのないことを考えながら、サラダ用の野菜を洗ったり、ミルクパンでミルクを温めたりしている。
 たまに寝坊しちゃったときはトーストに牛乳だけ、なんてこともあるけど今日はちゃんと起きられた。別に献立が簡素でもヒロトは文句なんて言わないけど、やっぱり俺自身が嫌だしね。スポーツマンたるもの食事は最重要。腹が減っては戦は出来ぬ!

 さっさとサラダを器に盛り付けてしまうと、冷蔵庫からハムを取り出して二枚スライス。薄く油をひいたフライパンに投入して、そこに卵を割って落とした。やっぱりハムエッグは基本だよねー。ジュージュー焼ける音が堪らなく食欲をそそるんだ。

「あ、双子」

 割り入れたうちの片方の卵に、黄身がふたつ入っていた。双子の卵は結構久し振りだなあ。うん、なんとなく得した気分!

「ヒロトに双子の方譲ってあげよ」

 その代わり俺はハムが分厚い方を貰う。何事も平等にするって大切だよ。


 ハムエッグを皿に載せ、ミルクも充分温まったところで火を止めて。俺は本日の最重要作業に取り掛かることにした。そう、ヒロトを起こすことだ。

「あの寝起きの悪さはどうにかならないものかな……」

 ヒロトは若干低血圧の気があって、朝に弱い。まあ風介の凄まじさに比べたら全然可愛いものなんだけど。それでももう少し何とかして欲しい。
 朝練がある時とか、自分が食事当番の時はきちんと起きるのに、どうしてそれ以外では出来ないんだろう。起こしに行く身にもなって欲しいよ、全く。そういえば晴矢は毎朝風介を起こす度に命の危険を感じるらしい。ファイト晴矢。

 ヒロトの部屋の前まで来たところで、まずは大きく深呼吸。よし、と顔を上げて軽くドアをノックする。

「ヒロトー朝だぞー」

 返事は無い。分かってたけど。
 ため息をつきそうになるのをなんとか堪えて、ドアノブを回して部屋に入った。男子学生の私室にしては小綺麗なヒロトの部屋の左手奥、黒のパイプベッドの上の布団がこんもりと盛り上がっている。

「ヒロトー起きろー」

 俺が声を掛けると、もぞ、と布団が動く。けどそれだけ。起き上がる気配は無い。
 枕元まで移動すると、ヒロトの赤毛がちょこっとだけ端からはみ出していた。てゆーかよく頭から布団被って眠れるなぁ。俺は息苦しくて絶対ムリ。
 肩の辺りを掴んでぐいぐい揺すりながら再度呼び掛ける。

「ヒロト起きろー朝ご飯冷めるだろ」
「ん〜……」

 俺の手を振りほどくように身を捩ると、ヒロトは更に深く布団を被った。このやろ。
 このままでは埒が開かないので、俺は強硬手段に出ることにした。一気に布団を剥がして大声で怒鳴ってやる。
 すう、と大きく息を吸ってから、両手で布団を掴むと、そのままがばっと引っ張った……つもりだった。

「ヒロト!いい加減起き……、うわっ!」
「……りゅーじ……」
「ちょっと、こら、ばか!はーなーせー!」
「……りゅうじ、うるさい」
「むぅっ!?」
「ん……」
「んむー!!!」

 両腕を掴まれて無理やり布団の中に引っ張られ、そのままがっちりホールドされたかと思ったら今度はくくく……唇塞いできた!ちゅーで!

 ばかヒロト!何でよりによってちゅーなんてしてくるんだ!寝起きの咥内ってすごくやばいんだぞ、ほんっとばか!て言うか俺は抱き枕じゃない!離せ!!
 必死でじたばたするけど、どういうわけかヒロトの身体はぴくりとも動かない。そのうち俺も段々疲れてきて、酸素足りなくて頭がぼーっとして、ヒロトの唇の感触や体温が心地良くて、目蓋が。降りてくる。

(せっかくの、ごはん……)

 焼き立てのトーストとか、程良く温めたミルクとか、シャキシャキのサラダとか、お皿の上でまだジュージュー音を立ててたハムエッグが、全部ぬるくなってしまう。ハムエッグ、せっかく双子だったのに。何だか嬉しかったから、ヒロトにあげようと思ったのに。

 ハムエッグが。
 冷めてしまう。
 ふたごが。





(嫌だっ!!!)

「……っいい加減起きろばかあーっっ!!!」
「ぐっ!?」

 渾身の力で身体を引き離すと、そのままの勢いでヒロトにヘディングをかました。ヒロトは顎を押さえながら茫然としている。何が起こったんだ、って表情。
 俺は涙目で息もぜいぜいと乱しながら、思いっきりヒロトを睨んでやった。

「……あれ、緑川? 何でそんなやらしい顔してるの……ていうか顎痛い、あれ?」

 目を白黒させるヒロト。こんな呆けた姿なんて滅多にないから、普段なら珍しいなーってまじまじ見ちゃうところだけど、今の俺は怒り心頭なんだから。折角のふたごのハムエッグをこのねぼすけセクハラ大王のせいで台無しにされるなんて許せない!

「ねえ緑川、一体何がどうなってるの……あと顎痛いんだけど何で?」
「知らないよ!いいからさっさと着替えて朝ごはん食べろよ、冷めるだろ!」
「え、あ、うん」

 俺はまだ困惑したままのヒロトの部屋を後にすると、一直線に洗面所に向かった。顔が火照って仕方ない。きっと絶対に赤くなってるから、冷たい水で洗って熱を下げよう。ヒロトがちゃんと覚醒する前に。

「ああもう……、これだから寝起きの悪い奴は嫌なんだ!」

 あんなことしといて覚えてないとか、本当に質が悪すぎる!!



 このあとヒロトはものを噛む度に痛みに顔を顰めていた。ざまあみろだ。
 結局食べ頃を逃されてしまった双子たちの、せめてもの敵討ちだ。





end.




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