Sample.1




「オレがあれだけ懇切丁寧に教えてきた(物理)にも関わらずこれとか、貴方本気で舐めてんですか。しかも四十五とかどんだけこの数好きなんですかこの赤点野郎。テメエの赤で辺りを染めてやろうか」

「物騒な台詞やめてぇ! だ、だってやたら難しい問題ばっかりだったじゃないか。テキストに載ってた応用問題よりも遙かにレベル高かったぞ? そもそも赤点取ったら不合格ってテストで、その赤点範囲が九十点以下とか厳しすぎるだろ!」

「何ヌルいこと抜かしてんですか。本来だったら満点以外は一律赤点にするところをわざわざ十点オマケしてやってんですよ? なのにそんなこと言うとかやる気あるんですか? あっすみません脳味噌カラッポの脳無しさんにはやる気って言葉の意味も分かりませんでしたかね!」

「うう……ううう……!」

 精一杯の抗議も一蹴され、ぐうの音も出ない様子のアルバを、シオンはハッと鼻で嘲笑った。

「それじゃあ晴れて不合格になった勇者さんには、これからの学習範囲にプラスして今までの復習課題も随時こなしていってもらいます。期限はいつも通り一カ月以内ですから、少しでも提出遅れたらその時は分かっていますよね?」

「…………」

「……分かってますよね?」

 二度の問い掛けに対する応えはしかし、いずれも沈黙だけが返った。ぴくりと眉を跳ね上げたシオンの視線の先では、何やら難しい顔をしたアルバが口を引き結んでいる。

「聞いてんのかこのスカタン」

「いでででで聞いてる! 聞いてるから耳引っ張んないで!」

「じゃあシカトしないで下さいよ。人に話し掛けられたら返事するって、そんな常識も知らないんですかアンタ」

「知ってるよ! そうじゃなくて、ちょっと考え事しててさ。それで返事しそびれちゃったんだ」

「考え事?」

「うん。……だって、毎月の課題にプラスして復習も、なんて。そんなにやってたら大変だろ、いくらなんでもさ」

「……、……は?」

 伏し目がちに俯いて、指先をいじいじと絡めながら告げるアルバに、シオンは目を見開いた。

「だから、そんなに一度にたくさん詰め込もうとしなくても、もっとローペースでもいいんじゃないかなって。そもそも今までの授業もけっこう急ぎ気味だったし。もっと少しずつやっていく方が負担も少ないと思うんだ。確かに今回は点数良くはなかったけど次はもう少し頑張るし、あんまり根を詰め過ぎたら――って、ロス?」

 ぷつん、と糸が切れるような音を耳にしたような気がして、はたとアルバが顔を上げると同時に両手首がぎりぎりと掴み上げられた。

「うわっ!?」

 痛いと喚く間もなく、目の前にシオンの整った顔が迫る。それはもう鼻と鼻とが触れ合いそうな距離にまで。

「ろ、ロス……? どうしたんだよ、急にそんな……怖い顔して、」

「勇者さん」

「ふ、ふぁい」

「どうやらアンタみたいなドグサレ野郎には今までみたいなぬっるいやり方じゃあ駄目だったみたいですね。だったらもっとハードな方法でビシバシしごいて差し上げます。ええ、それはもう骨の髄まで徹底的にね。……泣こうが叫ぼうが容赦しねえから覚悟しろ」

「へっ? ちょ……、うわあっ!!」

 呆気に取られる間もなく腕を取られ、アルバは部屋の奥の寝台へと乱雑に身体を投げ飛ばされた。抗議の声を上げようにも、すぐさま覆い被さったシオンの迫力がそれを許さない。

「あ……あの、ロスさん……。一体、何を」

 訊くのが怖い、けど訊かずにはいられない。ぶるぶると恐怖に震えながら、アルバは眼前に迫る相手の顔を涙目で見遣った。



「決まってるじゃないですか。――出来の悪い生徒には、お仕置きをしないと」

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