空から落ちたクリスタル1 * * * 生者と死者の境の月夜 迷える御霊は戯に耽り 其の身を銀の爪と帰す 心を亡くした愚かな羊 地平の光に焼き尽くされん ゆめ忘るる事なかれ 芽吹いた花が芽吹くまで ゆめ忘るる事なかれ 此の世為らざる欠片の雫 抱きて残るが真実の星 * * * 「ありがとうございましたー」 カラン、とベルが鳴って扉が閉まっていく。玄関付近に飾ったジャック・オ・ランタンの瞳が小さくちかちかと瞬いた。ハロウィン用に製作したこのランタンは中に蛍石を仕込んだ特別製で、お客さんが来たり帰ったりするときには光るように細工してある。こうして見本を置いていることが幸いして、ここ最近は蛍石の売り上げがとても高い。黄味を帯びたものが一番人気だけど、紫や緑も一風変わった感じが出るとかでなかなかのものだ。これはかなり多めに仕入れておかないと後々大変だ。それから黄水晶に蛋白石。特に黄水晶はこれからどんどん寒くなっていくから、レモネードの為にもちゃんと準備しておかないといけないな。 そんなことを考えながら、俺は閉店の準備を始めた。もう夜も遅いから、新たにお客さんが来ることもないだろう。レジのお金をチェックして、店内を軽く掃いて。いくつかの商品には宵張の布を被せてゆっくり休ませないといけない。石の中にはデリケートなものも多くて、夜通し光を当てたりすると輝きが鈍くなってしまうのだ。 年代物のレジスターのレバーを回して開け、中の紙幣の枚数を確認してから硬貨を数える。途中幾つかの銀貨が少しくすんでいたので布で磨いた。これでこの子達も大丈夫だろう。汚れた硬貨は悪い事象を呼び寄せるので、こういうのをたくさん持ち歩いている人は盗難や強盗などの被害に遭いやすくなってしまう。お客さんにそんな目には遭って欲しくないからね。 そうして全て確認し終えたところでレジに鍵をかけ、戸締りをしようと顔を上げた、その時。 一人の少年が、商品棚を眺めていることに気づいた。 「…………っ!?」 先刻のお客さんが帰ってから、ドアのベルは鳴っていない。余程慎重に開けない限りは多少なりとも音がするはずだ。そこまで作業に熱中していたつもりもないし……。そもそも万が一そうだったとしても、この狭い店内で第三者が入ってきたことを察知できないだなんてそんなことがあり得るだろうか。ランタンの仕掛けだってあるのに。 凝視する俺には気付かないまま、少年――――少女? はしげしげと棚に飾られた石を眺めている。よっぽど珍しいらしい。視線を移す度に、一つに括られた新緑色の長い髪が揺れる。顔は丁度見えないけど、背格好からして多分俺とそんなに変わらない年頃だと思う。 そのうちに見るだけでは飽きたらなくなったのか、ひとつひとつ手に取って眺めるようになった。リシア輝石、黄鉄鉱、緑簾石……どれも見た目で人を惹き付けるものばかりだ。眺める角度を変えたり、手の中で転がしてみたりと随分夢中になっている。 やがてその手が最上段の石のひとつに伸びたとき、俺は呆けていた身をぎくりと強ばらせた。あの石は……!! 「それに触っちゃ駄目だっ!!」 「わあっ!!?」 思わず叫ぶと、少年の身体が飛び跳ねた。余程驚いたらしく、こちらを向いて目を白黒させている。俺は慌てて少年の元へ駆け寄り、今伸ばそうとしていた手を取った。 「触ってない!?」 「え、あ、うん」 「良かった……火傷はしてないみたいだ。身体は? 痺れたりしていない?」 「だいじょう、ぶ」 呆気に取られている少年を余所に、俺は彼の掌を何度もひっくり返しながらチェックした。外傷が無いことにほっと胸を撫で下ろす。ひんやりとしたその手を放し、安心させるように微笑んで見せた。 「急にごめんね、びっくりしただろ。でもこの石はちょっと危険なんだ。……見てごらん」 「……あっ」 俺が視線で促した先には、石についての注意が書かれたポップがある。そこには赤い文字ではっきりとこう記してあった。 『<危険>雷卵石 取り扱い注意』 「こいつは気性が荒いから、慣れていない人が触れると感電することがあるんだ。下手をしたら雷を落とされたりする。不用意に触ると危ないよ」 「……ごめん、つい夢中になって」 「いいよ。本当は俺も悪いんだ。さっき埃を払ったときにケースを被せるのを忘れてた」 商品棚の隅に、石英で出来た透明なケースが置いてある。片付けのときに寄せてそれっきりにしていたのだ。 「君にこう言うのもなんだけど、見つかったのが今でよかった。営業中にこんな失態を犯したら店の評判ががた落ちだ」 「あははっ」 俺の戯れ言に、少年は漸く緊張を解いて笑った。正面から見た少年は黒曜石のような瞳が印象的な、少し幼さが残る顔立ちだ。笑うと更にあどけなさが増す。手の感じから多分男だろうとは思うけど、これは初対面の人は性別を間違えてしまうかもしれない。……俺みたいに。 空気が和んだところで、少年に再度話しかけてみる。あれだけ熱心に見ていたのなら、同業者か……或いは。 「石のお店は初めて?」 「あ、うん。話には聞いたことはあったけど、現物を見たことはなくてさ。石を使った製品や食べ物はどんなものも高いし」 「まあ、使い手が少ないからね。稀少価値が高いと、どうしても値段は上がっちゃうんだ」 「やっぱりそういうものなんだ……」 ほあー、と感嘆の溜息を零す少年の瞳は、未知の存在に対する好奇心できらきらと輝いていた。 「俺はヒロト。一応この店の店主をしてる。君は?」 「リュウジ!」 少年――リュウジは今度はにっこりと、満面の笑みでそう答えた。あ、やっぱり男だったんだ。名前を聞いて確信した。 「なあなあ、ヒロトって呼んでいい?」 「どうぞ。じゃあ俺もリュウジって呼ばせてもらうよ」 「ああ!」 存外に男らしい喋り方だった。 「ここの石はみんなヒロトが管理してるのか?」 「そうだよ。お客さんの注文に合わせて加工してる」 「この雷卵石は誰が何に使うんだ?」 「やっぱり電気が欲しい人かな、発明家とか。あとは天気士の人。気象のジオラマに使うんだって」 「へえ……」 リュウジはおっかなびっくり、といった感じに雷卵石を見ている。まあ誰だって触ると雷が落ちるなんて言われたら怖がるか。 「リュウジはどこから来たの? この辺の人じゃないよね」 「え?」 「これでも俺、結構ご近所では有名なんだよ。石使いはそもそもなり手が少ないから、需要の割に供給が低くてね。遠くからわざわざ来てくれるお得意様もいたりするんだ。でもリュウジは評判を聞いてやって来た、って感じには見えないないからさ」 山脈を越えた東の方は特に石使いが全然いないらしいから、そっちの人なのかな。でも俺が言うのもなんだけど、この歳でそんなに遠出をするのはあまり良くない気がする。ご家族と一緒に旅行にきたのかな? そんなことを考えながら返答を待っていたら、ふとリュウジの様子がおかしいことに気がついた。 「…………リュウジ?」 ちょっとだけつり目がちな目をいっぱいに見開いて口をあんぐり開けている。手の先なんかぶるぶる震えていて、なんだか物凄く驚いているみたいだ。別に俺、変なこと聞いたつもりは全くないんだけど。何をこんなに驚く必要があるんだろう。 「リュウジ、どうしたんだ急に」 「……で」 「え?」 その時、店の前の通りを蒸気自動車が騒々しい音を立てて通りすぎていった。シャッター代わりのロールカーテンをまだ下ろしていなかったので、ショーウィンドウ越しに思わず視線を外へと向ける。 そして、見た。 「そういえば、なんでヒロトは俺のことが見えてるんだ……?」 夜の闇に包まれてぼんやりと室内の様子を映しだす硝子の中に、リュウジの姿は影も形も無かった。 To Be Continued. 戻る |