イングレイン




 前戯も済ませじっくり慣らして、身も心も充分盛り上がってさあ挿入、という段階でお預けを食らうというのはなかなかに萎えるものがある。勿論身体的にではなく気持ち的な問題でだ。
 硬く隆起した亀頭が今まさにひくつく後孔に触れているというのに、なんだこれは新手の嫌がらせか。ディエゴは自分に向かって待ったをかけるように掌を突き出している、裸に剥いてベッドの上に組み敷いたジョニィの顔を理性を総動員させながらじとりと恨みがましく見遣った。

「…………………………何だ」

 舌打ちも溜息も堪えたのは我ながら涙ぐましいくらいだと思う。それなのに眼前の青年は忌々しそうに顔を顰めるのだから納得がいかない。よっぽどこのまま強引に突き入れてやろうかと思ったが、そうしたら後々かなり面倒くさいことになるのは目に見えているのでこれまた必死に耐えきった。

「何だ、じゃあないよ。自分で気付かないのかこの阿呆」
「生憎と今は君の悪態に付き合っていられるほど寛容な精神状態にはなれないんだ。このまま失神するまで犯されたくなかったらさっさと本題を言え」

 前を弄られたことで既に一度達している肌は薄らと紅に色付き、睨めつけてくる天青の瞳は熱に浮かされて潤んでいる。最上級の馳走を前にこれだけ耐え忍ぶだなんて、自分の理性は鉄壁か。今にもその壁を打ち崩しそうな語気の荒さで、ディエゴは殆ど呻くように答えた。苛立ちに任せてほんの少しだけ腰を進めると、先端を埋め込まれた刺激で自分よりも幾らか色素の薄い内腿が反射的にびくん、と跳ねる。
 耳朶をくすぐる熱い吐息にその餓えを感じ取ったのか、ジョニィは一拍置いてから目を伏せ、仕方なしにぽつりと呟いた。

「……ゴム、つけろよ」
「…………は?」
「だから、コンドーム! 着けろって言ってんだよ、この馬鹿!」
「…………はあ」

 思わず目を瞬かせたディエゴに対し、ジョニィはひどく憎々しげに顔を歪めた。

「お前はいいよな、出すだけだしたらそれでお終いだからな! 後処理やら何やらで大変なこっちの身にもなれってんだ!」
「……いや、だが……そもそも生でヤるほうがいいと言い出したのは君だろう」
「あの時はそういう気分だったんだよっ」
 ジョニィとセックスするときのディエゴは、基本的にはコンドームは装着しない。勿論最初の頃はきちんと着けていたのだが、ジョニィが生でしたいと言い出した時からしなくなった。
 お互い病気持ちではないことは事前に確認済みだし、外で貰ってくるようなヘマもしていない。コトに及ぶ前の洗浄もしているし、何よりディエゴ自身もジョニィの中に直接出すほうがより興奮する。
 不衛生と言われればそれまでだが、そもそもそんなことを気にする位なら最初からこんな肉体的にも社会的にもリスクの高い関係を築いたりはしない。二人はいつだってより強い刺激を求めて身体を重ね合っていた。

「一体どういう心境の変化だ」
「どうしたもこうしたもないよ。後始末が面倒だから着けろってだけだ。それ以上の理由なんてない! いいからさっさと抜けよっ」
「そうか。……なら、別に聞いてやる必要はないな」
「はあ? ……っひ!?」

 ずん、と突然深いところまで侵入されて、ジョニィは思わず悲鳴を上げた。内部を圧迫する質量に酸素が奪われ、はくはくと魚のように口を開閉する。急な刺激にちかちかと視界が瞬いて、目尻に生理的な涙が浮かんだ。

「やっ……だ、やめろ、ってば……! ふぁ、あぁ!」
「駄目だ。今まで『お預け』されてやったんだからな、もう聞かない」
「つ……けなきゃ、あン、も、相手してやんない……ぞ!」
「処理が面倒なら、俺がやれば済む話だろう……っ!」
「それが、やだってのにぃ……、あっ、や、そこ擦るなあっ……」

 とうに受け入れることに慣れきったジョニィの胎内は、言葉とは裏腹に熱くとろけてディエゴの屹立に絡み付く。そのまま膝裏を掴んで折り重なるように奥を穿つと、より一層高い喘ぎが目の前で震える咽から漏れた。

「あ、やだっ、はげしッ、やああ……っ!」
「……全く、君は……っ!」
「ふぅ、ん、んー……っ!」

 拒絶を続ける唇を自分のそれで塞ぐと、ディエゴは体重を掛けて無理矢理にジョニィの身体を抑え込んで律動を早めた。ぱんぱんと太腿同士がぶつかり合い、内壁の収縮が強くなる。脚の付け根で雫を零すジョニィの性器に手を掛けると、大袈裟なくらいに肩が跳ねた。

「あっ、あああ……! だめだっ、てばぁ……あーっ!」
「っく、う……!」

 ひときわ締め付けが強くなり、ジョニィの中心からびゅくびゅくと熱が噴き出す。ディエゴは歯を食いしばって快楽に耐えると、すぐさま楔を引き抜いてジョニィの腹に射精した。

「ふあ……あ……」
「……言いつけ通りに、中には出さないでやったぞ」

 未だぼんやりと熱に潤んだ瞳のまま、ジョニィは自分の腹部を汚す飛沫に手をやった。臍の窪みに白い残滓が溜まっている。


「…………顔に跳ねたぞ、馬鹿トカゲ」



* * *



「今日は何だってまた、あんなに中を嫌がったんだ。さっきも言ったが今更だろう」

 湯に浸したタオルで身体を拭い、お互いに衣服を整えると、そのまま二人は寝台の上でぐだぐだと身体を休めていた。ディエゴが枕を立てかけたヘッドボードに背を預け、ジョニィは更にそのディエゴにくたりと寄り掛かっている。有無を言わせず用意させた砂糖たっぷりのカフェオレを啜りながら、背もたれ代わりの相手が髪に香油を擦り込む感触にゆったりと目を細めて息を吐いた。

「……だからさあ、それこそ僕だってさっき答えただろ。いい加減処理が面倒臭くなってきたんだよ。かと言ってサボると腹が痛くなるし」
「だから、それくらい俺がやってやる」
「絶対嫌だ! お前になんてやらせたら、どうせ必要以上に弄ってきて結局そのまま二回戦に雪崩れ込むに決まってるじゃあないか。僕の尻が壊れたら慰謝料はマンハッタンどころじゃあ済まないぞ」
「……成程な。つまり君は俺のテクニックに翻弄されることを恐れ、あらかじめ予防線を張ったわけだ」
「誰がそんなこと言った!」
「要するにそういうことだろう」
「ぜんっぜん違う!!」


 ぎゃあぎゃあと喚き散らすプラチナブロンドの後頭部に顔を埋めると、ディエゴは深く息を吸った。
 次からはお望み通りに後処理まできっちりやってやろう、そんなことを考えながら。



end.




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