沙の城


 かつて事切れる前に見た瞳は、驚きと焦りに満ちていた。
 幾度も命のやり取りをした間柄ではあったけれど、あれほどまでに焦燥した表情を見たのはあの時が初めてだったような気がする。他の誰が傷つこうとも決して動揺などカケラもしなかった彼が、自分の臨終の瞬間にはまるで帰り道を見失った子供のようで。
 その時のことが、今でも頭から離れない。



* * *



「あ、うあっ、あああああ……ッ」
「そうだ、もっと啼け!」
「ひ、っぐ、あ!!」
「もっと、もっとだ! このDIOの前でもっと乱れてみせろッ!!」

 爪が食い込む程に強く太腿を鷲掴みにされ、がつがつと激しく揺さぶられる。身体の最奥を穿つ楔は火傷を負いそうな位に熱く、それでいて氷のように冷たい。
 元来受け入れるための場所ではないそこを、何の遠慮も躊躇いもなく暴く。内壁を裂き、肉を割り、胎内を侵略していく欲の証。

「もうっ、無理だ……止めて、くれ……!」
「まだだ。まだこんなものでは足りん。お前の全てを喰らい尽くすまで! もっともっと犯し続けてやるよ、ジョジョオオッ!」
「……――あああああッ!!!」

 もう何度目かも解らない奔流が注ぎ込まれ、四肢が仰け反って痙攣する。すでに許容量を超えた内部からは溢れ出た白濁が零れ、褥を淫らに汚していた。
 荒い呼吸の合間に覗く紅眼は、夜闇の中でも尚爛々と光っている。

「く、あ……」
「なあ、ジョジョ。自分の身体に抱かれる気分はどうだ? 自分の精を体内に注がれる気分は? 宿敵を前にしても何も出来ず、為すがままに陵辱される気分とはどんなものなのか、その口で語って聞かせてくれないか」
「…………ッ!」
「あァ、その目だ。いいぞジョジョ、もっと私を憎め。その腹立たしい程に美しい目で、ありったけの憎悪を込めて俺だけを永遠に見詰めていろ!」
「んう……ッ!」

 視線を絡ませたまま覆い被さり、DIOは自らの唇をジョナサンのそれへと押し付けた。
 不敵に嗤いながら侵入する吸血鬼の厚い舌に、せめてもの反撃として思い切り噛み付くと、DIOは僅かに顔を顰めてからにたりと目元を歪め、顎を掴んでより深くまで口付けてくる。鉄の味が無理矢理咽奥に流し込まれ、拒絶も出来ずに飲み下すことを強要された。

「うっ……ぐ、ふ……っ」
「随分と積極的じゃあないか。そんなに私の血が欲しかったか?」
「……が、う……」
「違わないさ。どんなに足掻いてみせたところで、所詮お前は屍生人の鎖からは逃れられない。このDIOの血によって繋がれた、愚かで哀れな夜の僕だ」
「ちがう……ッ!」
「何が違うものか。現に私の血を受け入れたことで、今のお前はこんなにも私を求めているじゃあないか!」
「ひッ!」

 一度すれすれまで抜かれた剛直が、ずん、とより深くまで抉るように突き立てられる。数え切れないほどの情事の果てに、今やすっかりその形を覚えてしまった後孔はぐずぐずに熟れ、DIOの律動に合わせていやらしく熱を締め上げた。

「っぎ、いっ……あ!」
「口では生意気なことを言いながら、身体の方はこのザマか。なあ、ジョジョ……ッ!」
「はぁ、あ! あぁあああッ!!」
「ッハハ、元が元だから、馴染みやすいのか? こんなにも深くくわえ込んで、これでは動くのも一苦労じゃあないか……ッ! なあ!?」
「――――ッ!!」

 じゅぷじゅぷと精が空気と混ざって泡立つ卑猥な水音と共に、再び劣情が注ぎ込まれてジョナサンは声もなく絶頂する。必死に唇を噛み締めてに耐えるが、彼の気力は疾うに限界に近かった。
 屍生人となったジョナサンの身体は主であるDIOに逆らうこともままならず、更にはその血が持つ催淫効果によって、本人の意志とは裏腹に快楽を求めてじくじくと疼いている。絡み合う二人の腹部を汚す白濁が太腿を伝い流れ落ちる、その感覚にすら肌が震えた。

「う、あ……っ」
「ふふ……この世で最も憎い男の手で達する気分はどうだ?」
「……ディ、オ……」
「いい加減、全てを私に委ねてしまえばいいものを。どうせお前は私には逆らえないというのに」

 愛おしむようにジョナサンの輪郭をなぞり、頬を包み込むDIOの表情はぞっとする程に美しく、同時に何よりも禍々しかった。その紅い眼が微笑むだけで、並みの人間ならば忽ち魂を抜かれてしまいそうな程に。
 だが、ジョナサンはそんなDIOの眼差しにも屈することなく強く彼を睨み付けた。嘗ては瑞々しい青葉のようだった瞳はDIOと同じ深紅に染まり、身体の内側で蜷局を巻く情欲に目許がとろりと浮かされてはいるが、それでも強い意志を宿した眼光は昔と変わらず星のように煌めいている。

「僕は……屈さない。たとえこの肉体が堕とされても、心までは絶対に、負けない。……君には、決して」
「……それでこそだ」

 額や瞼、鼻梁に次々と唇を落とし、DIOはジョナサンの耳を舐め上げた。耳朶を柔らかく牙で傷付けて、ぷっくりと珠の形に浮かんだ血を甘露のように啜る。

「もう……止めるんだ、ディオ。こんなことをして何になる……いつまで、こんなことを続けるつもりなんだ……」
「いつまで、だと? そうだな……」

 DIOはすらりと整った顎に手を当てると、長い睫をしならせるように瞬いた。暫しの逡巡の後、口唇を吊り上げてにィ、と嗤う。

「――お前が孕むまでというのはどうだ?」
「な……!?」
「お前がこのDIOの子種を孕み、それを産み落とす日まで。私は何度でもお前を犯し、嬲り、屈辱を与え続けよう。――俺とお前の血で出来た肉塊は、果たしてどんな餓鬼になるだろうな?」
「ディオッ!! ……あッ!?」

 激高したジョナサンが身を起こすより早く、DIOはその腰を掴むと再び寝台へと押し付けた。四つん這いにされた所為で自然と突き出す形になった臀部に、なんの躊躇もなく隆起した牡が押し込まれる。

「あぐッ! うあ、あぁあ!!」
「お前の精でお前を孕ませたなら、そこから産まれる餓鬼はお前に最も近くなる。……あの女との間に儲けた、忌々しい子孫どもよりも。邪魔な血に汚されることのない、真にお前に相応しい身体だ」
「あぅ、んあッ! ああ……!!」
「今のお前に誂えてやっているその身体……英国の片田舎で生きていたジョースターの傍系の男の身体も、所詮は仮初めのものに過ぎない。俺とお前の子が出来たなら、齢二十……いや、二十一だったか? それまではじっくりと育て上げて、時が来たらその首をすげ替えてやろう。お前の為の、新しいボディだ……!!」
「うああっ! ひあッ、あ――……!!」

 DIOがその狂気を突き入れる度、ジョナサンの意志とは別に嬌声が上がる。内壁をごりごりと容赦なく擦られ、一滴たりとも余さないと言わんばかりにぐるりと中をかき混ぜられながら、最奥まで白い欲望を注がれた。

「あ、は……あァ……」

 口の端から零れた唾液に、DIOの美しい指が這う。

「最早お前の中は俺の精で一杯だ。俺が植え付けた種が今、この中で溢れんばかりに泳いでいるんだ……解るか?」
「あぅ……!」

 繋がったままの継ぎ目をぐるりとなぞられ、反射的にひくんとジョナサンの下肢が跳ねた。

「なあジョジョ。子供の身体を繋ぎ換えたら、残った首はどうしたい? お前が欲しいというならどうしようと構わないが、もし要らないのならば俺が喰ってしまってもいいか。それともそいつにも別の身体を用意してやろうか? 親子三人、水入らずで暮らすというのも悪くないかも知れないなあ。家族ごっこはお前も得意な遊びだったろう?」
「……ディオ……ッ」

 ジョナサンは堪えきれずにとうとう一筋の涙を流した。自らが受けた辱めの所為ではなく、ただDIOの心が哀しかった。

 ジョナサンは当然ながら男であり、今与えられている身体も男の性だ。子を孕むなど勿論不可能なのだが、DIOならば――百年の時を遡ってまで自分をこの世に甦らせ、歴史までもを下僕に置くこの狂った吸血鬼ならば、それさえもやってのけるかも知れない。
 そうまでして自分を縛るDIOが――自分に縛られてしまったディオが、どうしようもなく、哀しかった。


(もし、君が望む通りになったとして。それで君は、本当に満足できるのかい)


 自分への執着にがんじがらめになってしまった哀れな男を、抱き締めるための腕はもうない。疾うの昔にあげてしまった。


(いつまでも満たされない飢餓感を抱えたまま永遠の時を生きるだなんて、ただ苦しいだけじゃあないか――ねえ、ディオ)

 かつて青春を共に過ごした、金の髪に蒼い眼をした少年の残像が、瞼の奥で揺らいで消えた。




end.




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