Sample.2




「……!」
「あ、美味しい」
「すごくホクホクですわ……!」
 今朝獲れたばかりだという魚を三枚におろして一口大に切り、串に通して焼いただけのシンプルな料理だ。味付けは軽く塩を振ったのみだがその加減が絶妙で、魚本来の旨味を殺さず、逆にほどよく引き立てている。焼き具合もまた丁度良く、脂ののった肉厚な身と、皮の焦げ目の香ばしい匂いが食欲を大いに刺激した。
「すごいやこれ、何本でも食べられちゃいそう」
「ほんと、手が止まりませんわね」
「むぐ、」
「ああロランてば、そんなにがっつかなくても大丈夫だよ」
 子供のように頬を膨らませながら串焼きを頬張るロランに、ランドは苦笑しながら常備しているハンカチを差し出した。見るものを魅了する端正な口元が、今や食べかすのせいで大変賑やかなことになっている。これではイケメンも形無しだ。
「……この魚は、なんて名前なんだろうか」
「スズキだってさ。もとは身が水ですすがれたように綺麗だからススギって呼ばれてたんだけど、いつの間にか訛ってスズキになったらしいよ」
 ランドが持っているガイドブックには単なる名物・名所の紹介だけでなく、それらに纏わる由来などの蘊蓄も詳しく書かれている。知識欲旺盛な彼らしいチョイスだ。
「……ああ、それにしても美しいですわね」
 ふと食べる手を止めて、眼前に広がる湖を眺める。
 水面に煉瓦の町並みを映す、水の都ベラヌール。この街をきちんと見て回るのは、三人とも実は今日が初めてだった。初めて訪れた時はハーゴンの呪いによってランドが病床に臥してしまったし、次に来たのはもう邪教の総本山へ乗り込むぞという時だったので、正直周囲を見て回る余裕なぞなかったのである。
 碧く煌めく水面は広々と続き、はるか彼方には小高い丘や森林で構成された対岸が見える。湖上では一つまた一つと睡蓮が咲き、さながら美しい宝珠のように波を受けて漂っていた。展望台の近くに設置された噴水は真白い大理石の台座に精霊ルビスの姿が象られており、その吹き上げる水は光の加減で時折虹の橋を形成する。それを恋人同士で眺められればその絆は永遠に続くのだと、アイリン持参の本にはわざわざ一ページ分を占拠して書いてあった。



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